
「転身ッ! 鋼鉄神女ッ」
頭上に剣で描いた真円からドロリ、と銀色に光る粘液が滴り落ち、たちまちナナの全身が埋もれた。
一層の光が放たれその眩さに全員が目を細める。
ゆっくりと光が集束すると、そこには変貌したナナが立っていた。
「それが、銀姫の覚醒か? ずいぶんスッキリとしたようじゃが」
キセルを取出しながらエルフの女王はしげしげと銀姫を観察した。
女王の言うとおり、ナナの姿は実に素っ気なくなっていた。
頭部以外を銀色に包まれている。
体形がはっきりとわかるほどにピッチリとした、表面が鏡のように光る銀色の全身スーツだった。
デザインも何もない。
肉体的な変化も見受けられない。
ゆいいつ先程までとは打って変わり、手にした剣の刀身が透き通るクリスタルに変化していた。
「これが私だ。銀姫、鋼鉄神女ナナだ」
堂々と名乗りを上げるナナが剣をかざして女王をにらみつけた。
「ユ=メ!」
女王の声に応じ、ユ=メがエルフの戦士たちに号令をかける。
「放てェーッ!」
外壁に開いた長方形の矢狭間から、一斉に矢の雨が放たれた。
数十本の降り注ぐ矢を見てナナの銀色のスーツが膨らんだ。
体型もわからなくなるほど大きな風船のように丸く膨らんだナナのスーツが、次々と降る矢を逸らし、弾き返す。
矢の雨が尽きると一瞬でスーツは元に戻り、スリムなナナの体形に戻す。
そしてナナが走り出した。
閉じた門の直前まで来ると今度はナナの足が大きく形状を変える。
足裏からロープ状にスーツが伸びるとらせんを描いてスプリング状に変形した。
バネの力が作用して、ナナは常人では考えられぬほどの高さへ一息で飛び上がった。
呆気にとられるユ=メの頭上を跳び越えて、外壁上に着地するとそのままハナイの居る檻まで駆け抜ける。
檻の前にはエルフの女王が待ち構えていた。
「自在に形状を変化させる硬質のスーツか。まさに鋼鉄の不定形粘液じゃな」
感心しながら女王は咥えたキセルを大きく吸い込む。
「刃物がだめなら火はどうじゃ」
キセルの火皿から赤い光点が飛び出した。
「火精よ」
精霊を駆使するエルフ特有の|術技《マギ》だ。
発射!
赤い光点が火の玉となって勢いよくナナに射出された。
正面から飛来する火弾に対し、ナナの左腕部分が小型の盾状に変化すると正面で受けて防ぎきった。
一瞬盾が赤熱するがすぐに銀色の輝きを取り戻す。
「ほう。この程度の熱では効果なしか」
間合いに到達したナナのクリスタルの剣が斬りかかった。
「──ッ!」
瞬間、大きな音を立てて外壁が足元から崩れだした。
ナナの足場も崩落し、剣は女王に届かず空振った。
そのまま地面まで落下する。
逆に女王とハナイの居る背後の檻は突き上げられた丸太の壁によってより高く持ち上げられた。
檻を持ち上げる壁がナナには大きな手に見えた。
それは比喩でも何でもない。
外壁を構成する一部の木々が巨大な人型を形成し始めたのだ。
「驚いてくれたか銀姫? エルフの里を囲む壁はすべて、巨大人型決戦兵器エントのボディなのじゃ」
今やナナの目の前には手のひらにエルフの女王とハナイを入れた檻を持つ、木でできた巨人が立っていた。
巨人の身長はナナの十倍はある。
それも三体。
壁は大部分が崩れたが、エルフの戦士たちはエントの足元で陣形を整えていた。
ハナイを乗せたエントは後方に下がり、残りの二体が前衛に出てくる。
迎え撃つように仁王立ちするナナの背後でも五百の近衛兵が控えていた。
「巨人は私が引き受ける! 第一隊から第五隊、矢倉陣形! 行くぞッ」
ナナを先頭にしたエスメラルダの兵たちと、二体のエントを中心としたエルフの戦士たちが激突する。
ナナの背中に大きな斧を持った長い腕が形成された。
両足を再びスプリング状にしたナナがエルフの戦士たち跳び越えてエントに肉薄する。
(ハナイ様、今しばらくの辛抱を! 頼んだぞ、スガーラ)