【第207話】赤い騎士と剣聖

 ケンタウロス族の族長ペルシュロンはタイランの指示に大人しく従ってくれた。
 戦闘行動はタイランと若い戦士たちに任せ、自身は難民を率いて集落から速やかに撤退することとした。

「本当にすべての戦士を置いていかなくてもよいのか?」

 去り際にペルシュロンがタイランに確認した。
 難民の護衛に戦士の半数を割き、集落にはタイランとシオリ、ハクニーと残り半数の戦士だけが残る。
 その戦士の数は三十人に満たない。

「目的は時間稼ぎです。むしろ護衛の方が戦士は必要でしょう。本来なら半数でも足りないはず」
「それはそうだが、貴公こそ」
「少数精鋭でのゲリラ戦の方がかえって勝機が見えまする」
「頼もしいな。わかった。すべてお主に託すとしよう」

 そう言うと族長はシオリにかしこまった。

「千年の月日を超え、今再びこの地に白姫さまが現れた事に感慨深いものを感じます。ベルジャンがあなたを崇拝する気持ちが、この老骨にも理解できました」
「そ、そんな……私なんて」
「ふふ、たしかに。そのか細い肩に背負われた重荷は大層なモノでありましょう。ですがそれゆえに、あなたには人を惹きつける力がおありのようだ」
「そう、ですか?」
「老いぼれではありますが、人を見る目はたしかだと自負いたしております」

 その時にシオリに向けた笑顔は紛れもなく真実を語っている好々爺の顔であった。
 そしてペルシュロンは残るハクニーを一度固く抱きしめると、あとは何も言わず避難民の元へと駆けていった。

「ハクニー、あなたは残らなくても」
「ううん。私も族長の娘として、この難局で役目を果たしたいの。箱を取りに行った兄さま。集落のみんなを引き連れる父さま。私はここで、一族を代表して戦うの」
「ハクニー……ありがとう」
「それにシオリにお薬挿入する役目もあるしねっ」
「ハ、ハクニーぃ」

 あははは、とこの状況で笑い合える娘二人の存在は、これから数日の過酷な籠城を想えば明るい材料になる。
 タイランは決して冷酷な人物ではないが、一分でも勝利の可能性を引き上げることのできる要素は余さず取り込んでいくつもりであった。

「ではオレは一足先に敵の総大将に面会に行くこととしようか」

 タイランのその一言に二人はギョッとした。

「タイランさん、今なんて?」
「敵の親玉に会いに行くの?」

 目を丸くする二人にタイランは笑って手を振りながら集落を出ていこうとする。

「待って! ひとりで行くなんて……」
「大丈夫だ。オレを誰だと思っている? 誉れ高きクァックジャード騎士団オーダー騎士マスターだぞ」
「知ってるよっ」
「クァックジャードの本文は調停だ。まずはそこから始めてみようと思う」
「……」
「なるべくゆっくり﹅﹅﹅﹅戻ってくる。それまで集落の準備を頼んだぞ」

 そう言い残すとタイランはいつものように大空へとは羽ばたかず、ゆっくりと二本の足で集落を歩いて出て行ってしまった。

 ◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆

 パペットの一群を率いて先頭を行くのは小柄なトカゲ族の老人であった。
 腰から吊るした酒瓶を時折あおりながら鞍上で手綱を引き絞る。
 意外にも乗馬は手慣れた様子で、酒臭い様子を抜きにすればなかなかの貫禄もある。
 彼こそが剣聖グランド・ケイマン。
 ニンゲンの大国において、トカゲ族でしかも重度のアルコール中毒でありながら、二十年以上もその地位を堅持し続けるほどの剣の達人である。
 その彼に常に付き従うのは隣で乗馬にあくせくしている小役人のエッセルであった。

「エッセル君。いい加減乗馬に慣れてはどうかね」
「ええ、私も全くその意見に同意なのですが。どうすれば言うことを聞くんでしょうか、この馬は」
「なにか褒美でもやればいいんじゃないかの」
「言う事を聞け。でないと騎士の乗馬から下男用の荷駄馬に左遷しますよ」

 言いながら手綱を右に左に、あぶみを踏んだり蹴ったりしている。

「発想がほんとにクソ役人そのものじゃのう。のう」

 ケイマンは顔をしかめながらも同意を得ようと周囲に相槌を求める。
 彼らの周囲にはパペットだけでなく、ちゃんとしたニンゲンの騎士も隊列に参加していた。
 それはもちろんのこと、直接の兵を持たないケイマンにブロッソ王から貸しいただいた正規のハイランド騎士と歩兵隊であった。
 だがその数は五百に満たない。
 実際の戦力は今や物言わぬ動くパペットであるため、人間の兵士は作戦指示や物資調達、運搬、その他雑事に回されることが多い。
 これは効率を考えれば当然のことなのであるが、栄誉を求める騎士からすれば受け入れがたいものである。
 まして元々の支持率の低いブロッソ王の覚えよく、身分卑しき魔道商人の連れてきた妖しき女の術技マギによるものとあれば、いつまでもすまして従っていられるか甚だ疑わしい。
 もっとも、ケイマンにはそんなクソみたいな貴族連中のプライドなど全くどうでもいいことであった。

「エッセル君もあの女性にょしょうのようにパペットの馬を借りればよかろうに」

 ケイマンの視線の先にその件の女がいた。
 その女はコウモリが羽を広げたような黒いマスクを目の周りに張り付けて、白い肌に小さめの身体に煽情的な露出の多い、踊り子の衣装をまとっていた。
 桃姫と呼ばれる姫神、瀬々良木せせらぎマユミである。
 彼女はチェルシーからケイマンが兵を引き連れてケンタウロス族の集落へ行くと聞き、自分も行くと言って半ば強引にこの隊列に加わったのである。
 チェルシーは致し方なくマユミの随伴を許可し、そのお供として十人以上の自分の子飼いである部下を共に付けた。
 それは全員が若い女であり、ニンゲンだけでなくネコマタやバニー、エルフと言った亜人も含まれており、そして全員が盗賊技能の持ち主であった。
 彼女らはみなマラガの盗賊ギルドに所属していた者たちで、その当時からチェルシーの部下であった。
 チェルシーには今もそうした部下が各地におり、情報から魔道具に至るまでの収集、調達、あるいは暗殺といった影の仕事を割り振っていた。
 そのマユミが乗る馬はパペットである。
 鎧人形と同じように、金属製のパーツを組み合わせた馬人形で、背にマユミを乗せたまま静かに、疲れることもなく行軍を続けている。
 彼女はこの馬をオルディウスと名付け可愛がっていた。

「あのパペットなら乗馬の技術もいらないのでしょうか」
「知らぬ」

 エッセルの疑問などケイマンにとって何の興味もなかった。

「それよりもあの女、マスクを外した顔が見たいのう」
「外したところは誰も見たことないそうですね」
「おそらくかなりの美人じゃと思うが、さぞかし旨い血と胆汁なのじゃろうな」

 エッセルの顔がゆがむ。
 この老人の味覚だけは一生理解できそうもない。

「おや」

 そのときケイマンは前方から歩み寄ってくるひとつの影に気が付いた。

「我々の目的地であるケンタウロス族の集落からのようですね」

 エッセルも気付いたようだ。

「使者か? だがあれはケンタウロスではないのう」
「そうですね。どうします?」

 ふむ、と顎に手をやりながらケイマンは考え込む。
 見上げると陽も傾きかけ、そろそろ空は赤く染まり始める頃合いだった。

「ここで全軍停止、陣を張れ。あの使者をここへ迎え入れよう」
「すぐに突撃しないのですか?」
「明日じゃ。今日は行かん。もう疲れた」
「飲みすぎなんですよ、まったく」
「カカッ! ほれ、あの女性にもその旨伝えてまいれ。お主のような朴念仁が美人と口を利くまたとない好機だぞ」
「余計なお世話です」

 そう言うがエッセルは特に反対するでもなく、マユミに向かい馬の進路を変えた。

「さて……」

 ケイマンも馬を降り、その場で胡坐をかきくつろぐと、またしても酒瓶を傾け中身をあおった。

「あの出で立ち、あれはおそらくクァックジャードの騎士。ワシから逃げた冒険者だけでなく、あんなもんまで居よるとは。なかなかどうして楽しませてくれそうだ」

 ゆっくりとこちらへ向かってくる、赤い装束のバードマンを、ケイマンはずっと視界の中心に収め続けて待った。

※この作品は小説投稿サイト「小説家になろう」にて掲載、鋭意連載中です。

ランキング参加中! 応援いただけると嬉しいです。
にほんブログ村 小説ブログ オリジナル小説へ にほんブログ村 小説ブログ ファンタジー小説へ Web小説ランキング ファンタジー・SF小説ランキング

この記事が気に入ったら
フォローしてね!

よかったらシェアしてね!
  • URLをコピーしました!