【第125話】〈破壊〉

 ――あたしの前から、みんな足早に去っていく。

 ――また、あたしだけ置いて、あたしの前からいなくなるの?

 ――アマンも、タイランも、……お母さんも。

 ◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆

 街中に怒号と恐怖の悲鳴が入り混じる。

「ドラゴンだ! ここは危険だァ」
「逃げろ、逃げるんだ」
「とにかく離れろ! あっちだ」
「向こうはゾンビーが沢山いるのよォ」
「一体どうなってんだよこの街はッ」

 今夜マラガの街にいた者はみなパニックを起こしていた。
 住民も、旅行者も、商人も、悪党も。
 深夜に音もなく現れた死者の軍団。
 猛々しい唸り声とともに現れた巨大なレッドドラゴン。

「これは、助かりそうもないな……」

 スラム街の道端で、ひとりの浮浪者がボソッとつぶやく。
 その発言を聞けたのは周りにはびこる死者の群れだけだ。

「ギシャアアアアアア」

 ドラゴンの咆哮が轟くと、赤い熱線が迸り、街の一角を破壊する。
 どうやら最初の一発目は港方面に放たれたようだ。
 一瞬で暗い夜景が炎で明るく照らし出された。

 ――ああ、一声叫ぼうとしただけで、すごい炎を吐いちゃった。

 ――簡単。

 ――こんなに簡単なんだ。

 その一撃に人々は恐慌をきたし、ますます混乱に拍車がかかる。
 逃げ出す者、泣き出す者、怒り出す者、周囲に襲い掛かる者。

 アユミの赤い視界の中で、様々な動きが見て取れる。

 そのどれもが癪に障った。

 
 ――なに?
 ――なんなの?

 ――またなの?

 ――あたしの好きな人は、みんなどこかに行ってしまう。
 ――それでいて、あたしに関心ない奴は、みんなあたしの邪魔をする。

 ――いい加減、腹立つなぁ。

 ――異世界に転移してきたって、なんにも変わらないじゃない。
 ――異世界に転移してきたって、なんにもいいことないじゃない。

 またブレスが放たれる。

 ――ああ、壊れる。
 ――簡単だ。
 ――簡単に壊せる。

 ――そうだよ。
 ――全部壊しちゃえばいいんだ。

 ――あたしの邪魔をする奴だけじゃない。
 ――全部だ。
 ――見逃したら、今後あたしの邪魔をするかもしれない。

 ――そうだ。
 ――あたしを怒らせたら全部壊されるって思わせたら、きっとみんな、あたしに関心を示してくれるかもしれない。
 ――あたしと仲良くなろうとするかもしれない。

 ――あたしの前から誰もいなくならないかもしれない。

 ――あ、なにあいつ? あたしを指さして、まるで化け物を見るような目で罵ってる奴がいるんだけど。最悪。

 ――ん? なによあいつら? あたしに向かって矢を撃ってきて。女の子になんてことするの。最悪。

 ――あ! なにあの女! ひょっとして彼氏に手を引かれながら、このあたしから逃げようとしているの? 失礼ね!

 ――あー、もう! みんなみんなムカつく!

 ドラゴンの尾があたり一帯を薙ぎ払った。
 建物も、人も、ゾンビーも、分け隔てなく一瞬で壊れていく。

 ――全部壊しちゃえ!

 ――とりあえず、いったん、まずは全部壊してから、みんな落ち着こうよ!

 ――よぉし、次はあの大きな建物も。

 次にドラゴンは、街の中心にそびえる商会議場を有する屋敷に狙いを定めた。
 身を屈め、うつむきながら力を蓄えたドラゴンは足元の地面に向かい熱線を放射する。
 地面が赤熱し融解した。
 放射し続けたままゆっくり顔を上げると、熱線が地を這いながらまっすぐ商会議場へと伸びていく。
 直線上の道路と建物が吹き飛ばされて、熱線は街の行政を担う中心地へと飛んだ。

 それが途中で防がれた。

 何かが熱線を受け止め、しかも弾くことなく吸収していた。
 熱も光も、破壊力を秘めたことごとくが一点に収束し消えていく。

 ドラゴン、アユミにはそれが何なのかわからない。

 それはニンゲンだった。
 ニンゲンに見えた。
 男だった。
 筋骨隆々とした男だった。
 腰に毛皮をまとっただけの偉丈夫で、長いバサバサの髪を暴風に吹き荒らした偉丈夫だった。
 両足を踏ん張り、両手で持った大きな鉈のような幅広の得物でもって、受け止めた熱線を消していた。
 歯を食いしばっている。
 長い毛髪がたなびいている。
 目は開けている。
 だが黒目がない。

 故に表情は読み取れない。

「ズァだ……」

 狙われた建物のテラスで、ホンド・パーファがつぶやいた。

※この作品は小説投稿サイト「小説家になろう」にて掲載、鋭意連載中です。

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