
「ズァ! 百獣の蛮神ズァがここにッ」
五商星の集まる商会議場のテラスで慄くホンド・パーファ同様に、街の上空を飛ぶオーヤもドラゴンのブレスを無効化する偉丈夫を見て目を剥いた。
「まさか、奴が今、この場に居るなんて……」
常に相手をおちょくり余裕を見せる魔女であるが、この時は険しくなる表情を隠そうともしなかった。
「反姫神システム……まだ早い。姫神はまだ七人そろっていないというのに」
「グオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ」
遠くから風に乗ってドラゴンの雄叫びが激しさを増した。
熱線を防がれたことが気に食わないらしい。
ズァに向かい、強大な顎を開けて突進し始めた。
地響きが建物を揺らし、足元の死者が踏みつぶされていく。
「まずいッ、今はまだ駄目よ! ズァに手を出しては!」
民家の屋根にレイとアマンを下ろすと、オーヤは一直線にドラゴンとズァの間に向かい飛んだ。
爪と尻尾で周囲の建物を薙ぎ払いながらレッドドラゴンはズァへと迫る。
ズァは動かず、あろうことか鉈を構えた仁王立ちで正面から迎え撃とうとしていた。
そのズァとドラゴンの間にオーヤが割り込むように素早く降り立った。
「久しぶりね蛮神ズァ」
「……貴様は」
偉丈夫の声は低く、だがよく通る声だった。
「再会の挨拶をしている暇はないの。また今度ね」
オーヤが複雑な身振りを伴う呪文を素早く唱えると、突如としてズァの足元に黒い穴がぽっかりと開いた。
続けて黒い稲妻が穴から放電されズァの肉体を貫く。
同時に行動を縛る黒い茨となり偉丈夫を穴へと引きずり込もうとする。
「ぐおおッ」
「どうせあんたは死なないだろうから、次元の狭間で大人しくしてなさい! どうせそのうちに脱出するでしょうけど」
「ぬぅッん」
ズァは手に持つ鉈を足元の黒い穴へと突き刺した。
「残念。私はもう姫神じゃない。紅姫のブレスのように私の力を無力化することはできないわよ」
ズァは魔女を睨みつけたが全身が穴に飲み込まれ、やがて穴とともに消え去ってしまった。
「お前への対抗手段として研鑽した術技のひとつよ。私の四百年を甘く見ないことね」
「ガアアアアアアアアァァァァ」
「っと、次はあなたの番ね、紅姫」
目前で目標が消え去り、レッドドラゴンは戸惑っているようだった。
夜空に向かい咆哮する。
「感謝してほしいわね。ゴルゴダに最初に磔にされるのを助けてあげたのよ」
オーヤはドラゴンの眼前に飛び上がると両手の指を絡めて印を結ぶ。
「これであなたも大人しくなればいいけど」
ドラゴンの足元からも無数の黒い茨が出現するとドラゴンの、アユミの全身を戒めていく。
その力は強大で、さしもの巨体を揺るがし抵抗するドラゴンすらも引き倒されて地面に這いつくばった。
「その茨には夢すら見せない強力な催眠効果があるんだけど……」
魔女によって引き倒されたドラゴンの姿に、それを目撃した周囲から称賛と安堵、期待の声が上がった。
だが術を行使したオーヤは期待した効果が不発に終わったとすぐに勘付いた。
できれば暴走した紅姫を生け捕りにしたいと思っていた。
レイ同様に管理できればと思ったのだ。
姫神を二人も意のままに操れれば。
その目論見は今は断念せねばなるまい。
茨の効果は長くはもたなかった。
怒りに目を燃やしたドラゴンが、全身から逆巻く炎の嵐を巻き起こし絡みついた黒い茨を燃やし尽くしてしまったのだ。
周囲の民衆がどよめいた。
ドラゴンの全身から発せられる炎は止むこともなく、火勢は増していく一方だ。
「う~ん、無理だったか」
周囲の恐怖にひきつる民衆を見渡し、オーヤは慰めるように最期の挨拶をした。
「ごめんなさいね、皆さん。さようなら」
ドラゴンを中心に巨大な爆発が起きた。
怒りをぶちまけるように、天にも届かんばかりの炎の渦が街の半分を飲み込んだ。
逃げ惑う人々も、狂乱の死者たちも、うっすらとほほ笑む魔女までも、すべてを紅蓮の炎が飲み込んでしまった。
後には何も残らなかった。
ドラゴンの姿もなくなっていた。






