夜が明けた。
たった一晩でマラガの街は壊滅した。
街中を無数のうごめく死体が徘徊し、丘の上の上流街にはくすぶる火の粉と瓦礫の山が散乱している。
運よく朝まで生き延びた人々も、死体ではない生あるトカゲ族の兵士たちの監視下に置かれることとなった。
昇る朝陽が灰塵と化した街を照らす。
商会議場のテラスで力なくうなだれるホンド、ゴンズイ、シーズー、そしてウサンバラの元にも、朝陽と共に侵略者たちはやってきた。
「ここにお集まりは、この自由都市マラガを治めし偉大なる五商星の方々とお見受けするが。相違ござらぬな?」
武装したトカゲ兵を引き連れたマラカイトが声高に叫びながら現れた。
ホンド、ゴンズイ、シーズーの三人は黙って首肯するのみである。
だがウサンバラは違った。
マラカイトが目の前に現れたと同時にその姿を消したのである。
変色竜族のウサンバラはその体色を周囲に同化させ、その身を隠すことができる。
「ふむ。お三方、抵抗は無用と心得られよ。服従すれば命の保障はしよう」
抵抗する意志など見せない三人は、ウサンバラが数に含まれていないことにすら気付けずにいた。
「それでよい。今よりこのマラガは我らトカゲ族の占領地とする」
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「レイ、……レイ。起きなさい。ここで寝ていては風邪をひくわ」
秋の深まる時季、朝方に吹く風は心地よくもいくぶん肌寒い。
爆発に巻き込まれなかった建物の屋根でアマンを抱きながら微睡んでいたレイは、その身を優しく揺り起こされて目を覚ました。
目の前にはあの恐ろしき黒革の魔女オーヤがいた。
長い金髪が顔の右半面を覆い隠し、まとった黒いマントで右半身もきつく覆っている。
顔は蒼白で、玉のような脂汗をいくつも浮き上がらせていた。
あきらかに具合の悪そうな気配であるがレイにとって何の関心も寄せはしない。
「もう大丈夫よ。けど、今は棺に戻りましょう。私も……少し」
魔女が言い終わらぬうちに冷たい風が吹きつけて、レイとオーヤの長い髪を乱暴に舞い踊らせた。
その結果、金髪に隠れた魔女の右半面があらわになった。
顔はひどい火傷を負っていた。
はためいたマントの下も同様で、魔女の右半身は焼けただれ、ところどころが炭化していた。
その姿を目の当たりにしてもレイの顔色はひとつも変わらなかった。
「私も少し、ダメージを負ってしまったわ。しばらく癒しに専念しないと。さあ行きましょう」
レイは魔女の長い金髪に大人しくくるまれると、再びアマンを胸に抱きながら目を閉じて心地よい眠りに落ちた。
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ひっそりと、一隻の帆船が港を出港する。
街の混乱をよそにその船の船員はみな静かに己の仕事に従事している。
運よくその出港を見送る者たちはいなかった。
船は逃げるように湾外へ向かい海上を滑り出した。
甲板上でヒガ・エンジは遠ざかる街の無残な光景を眺めていた。
そばには老執事のブリアードが控えている。
「なんとか無事、出港できましたな。ヒガ様、もう大丈夫でしょう」
「ええ」
「しかし、盗賊ギルドの襲撃どころの話ではなくなりましたな。あの死者の群れ、今も身の毛がよだちます」
「そうね」
「そしてあのドラゴン……アユミ様と関係があるのでしょうか」
ヒガから答えは返ってこない。
「ヒガ様。これからどうなさいます」
「ハイランドを経由して、エスメラルダへ戻ります」
「娘たちを送り届けるのですね」
ブリアードが船室へと続く扉を見やる。
船内にはエスメラルダからさらわれてきた娘たちがいた。
屋敷を出てからこの船まで必死に逃げてきたせいで、朝もやの中全員が憔悴していた。
「今、エスメラルダは銀姫という姫神が騎士団を指揮しているそうよ」
「そのようですな」
「死者の群れ……巨大なドラゴン……姫神とはなんと恐ろしいものか。さて銀姫にはなにがあるのでしょう」
「ヒガ様…………」
ヒガは一葉の写真を取り出し眺めていた。
二人の少女が並んでカメラに向かいはにかんでいる。
そこには今より数年若いヒガと、真新しいサキュラ司教の礼服に身を包んだハナイがいた。
「会いたいわ…………ハナイ」
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ドラゴンが現れたと思しき場所へ兵を引き連れたボイドモリがやってきた。
そこは丘の上の上流街。
五商星のひとり、ヒガ・エンジの屋敷跡であった。
ここら一帯は被害が激しく、最も多くの死体と瓦礫が散乱していた。
「あのドラゴン、あれのせいでオレたちにも想定以上の被害が出た。なんだったんだあれは」
ボイドモリたちの予定ではゾンビーの群れをけしかけほぼ無傷で街を制圧するはずだった。
だが突如現れた巨大なドラゴンにより街の半分は瓦礫と化し、トカゲ族の兵やゾンビーにも多数の被害が出た。
街も破壊が大きければ制圧後の復興と治安維持に労力を割かざるを得ない。
経済活動が冷え込んではそれだけこの街を牛耳った旨味も消えてしまう。
その原因となったドラゴンに対する苛立ちはもちろんあったが、ボイドモリはドラゴンのことを考えるにカザロ村で遭遇したあの紅姫が思い出されて仕方がなかった。
「まさかな……昨夜のあれも姫神だったというのか」
「ボイドモリ様ッ」
そこへ部下が生存者の報告を持ってきた。
「トカゲ族だと?」
「はっ。おそらく屋敷の裏庭にあたる場所かと思われます。地下へ続く通路があったようですが、崩落したその中でトカゲ族と猫耳族の生存者を発見しました」
ボイドモリが案内されてきてみると、数メートル下がった穴の中で倒れている二人を確認できた。
トカゲ族の方は意識が回復しているようだ。
だが怪我の具合もよくないようで、ネコマタの女を抱えたまま立ち上がれないでいた。
上から覗き込んでいたボイドモリだが、そのトカゲ族の顔には覚えがあった。
「あん? 貴様……コモド、か」
「ボイドモリ……なのか」
「久しいな。生きて……いるようだな」
「なんとかな……十年振りか? お前はうまく出世したみたいだな。オレ様と違い、貴様はモロク王に気に入られていたからな……」
穴の底から見上げるコモドにはボイドモリの表情は影となって見えなかった。
その見上げたボイドモリの隣に二つの影が並んだ。
ひとつはよく見知った影。
もうひとつはかつての見覚えがある影。
「おお、バーナードか。お前も生きてたのか? それにそちらは、モロク王」
普段の粗野なコモドから一変し、痛む体を起こしながらかしこまって言上を垂れる。
「お久しぶりにございます。このコモド、王の不興を買い放逐され、今や卑しき盗賊の身。この通り、生き恥をさらしておりまする」
二つの影からは答えがない。
いや、生気すら感じられないのだ。
「王?」
コモドの中で違和感が生じた。
沈黙を破ったのはボイドモリだった。
「コモド、お前も来い。モロク王の悲願を、我らの手で成就するのだ。協力するなら生かしてやる」
「な……」
「どうする?」
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街を見下ろせる丘の上で、赤と黒のゴシックなドレスをまとい女装した青年がいた。
一見するとニンゲンの美少女にしか見えないが、彼は亡国の王子とまで噂された盗賊ギルドの幹部チェルシーであった。
周囲には彼の部下も数人控えている。
種族はいろいろだが、全員女である。
その彼の元に一台の馬車がたどり着いた。
手綱を緩めると御者がチェルシーに声を掛けた。
「チェルシー様、ご無事でしたか」
「ああ。例の者は?」
「荷台に積んでおりやす。いやあ、昨夜街の方が騒がしかったようで、このまま届けていいものか悩みましたがね」
チェルシーは荷台に乗り込むと積まれていた木箱を開けて中身をあらためた。
「その通り。マラガの街はおしまいです。トカゲ族と死者の群れに占領された街で今まで通りの娼館経営など無駄でしょう」
「はあ」
「この者を娼婦としたら、さぞ面白いと思ったのですが、致し方ありません」
木箱の中でひとりの女が眠っていた。
小柄な体にグレーのワンピースと黒のライダースジャケットを着た女。
明るい茶髪をポニーテールに結わえ、目の周りを蝙蝠が羽を広げたような形のマスクが不自然に覆っている。
「桃姫か。さて、この姫神、どう利用してやるべきか……」






