従業員専用通路を抜けた先にある、突き当たりの扉をそっと押し開けて、レッキスは素早く外の様子をうかがった。
陽はすっかり落ち、狭い路地裏にはいち早く夜の帳が下りている。
雑多に並ぶ建物の至るところに暗闇がわだかまる。
その闇を注視しつつ、レッキスは背後の仲間に合図するとスルリと外に滑り出た。
そのあとをウシツノ、クルペオ、シャマンの順で追いかける。
ワシ鼻のオーナーの言うとおり、路地は非常に入り組んでいて、いくつもの小道、無秩序に建て増しされたあばら家、折り重なる壁や段差、散乱する粗大ごみ等に遮られ、暗闇も合間ってたちまち方向感覚が狂わされる。
「おい、この道でいいのか?」
先頭を行くレッキスの背にウシツノが声を掛けた。
こころなしか、掛ける声も小さめだ。
この街に初めて訪れるウシツノには当然頭の中に地図などない。
咎めるつもりは毛頭ないが、一言「大丈夫」と返事をもらえればそれで気分も誤魔化せた。
だがレッキスから期待した通りの返事はなく、代わりに急停止と不穏な空気を感じさせられた。
「なに、あんたら? 通れないんよ」
そう発したレッキスの声に緊張感が含まれている。
前方の道を塞ぐように、数人のごろつきがたむろしニヤついているのだ。
そして後ろからもゾロゾロと、脇の路地から待ち構えていたかのように多くのごろつきが現れる。
「うさぎさん~迷子かな? ここはとっても迷いやすいんだ。こんな時間に歩いちゃいけない所なんだぜ」
あからさまなクズらしい態度に一行はうんざりする。
「有り金と女を置いていけや」
ナイフをひけらかすリーダー格の男に向かい、シャマンは怒った風に、
「そういうのはもう腹一杯だぜ。他あたりな」
と突っぱねる。だが、
「そうはいかねえ。箱はお前らが持っているんだろ?」
「ッ!」
緊張が走った。
単なるごろつきどもの遊びじゃない。
自分たちを狙ってわざわざ現れたのだ。
なぜその事を知っているのか。
「なに言ってやがる? わけわかんねえぜ」
「とぼけても無駄だ。箱を寄越しな」
誤魔化しが通じる雰囲気ではない。
「こいつら、当てずっぽうではなさそうだが」
ウシツノの意見にレッキスもうなずく。
「もしやこいつら、ファントムの部下か」
「構わねえ! てめぇら、やっちまえ」
リーダー格の号令を合図にごろつきどもが襲いかかってきた。
銘々が危険な武器を手にしている。
クルペオを守るようにシャマンとレッキスが狭い通路で前後に位置をとった。
シャマンは二本のハンドアックス、レッキスは両腕に嵌めたバグナウを構える。
「こいつらは殺ってもいいのか?」
「待てウシツノ。情報がほしい。全員は殺すな」
「てゆーかこいつらが盗賊ギルドの手下とかだったらヤバくない? ネズミの手前さ」
「ギルドは我らに手を出さないとネズミが手回ししてくれたはずじゃ」
「てことはやっぱりコイツらはファントムの」
乱闘が始まった。
暗闇に支配された狭い路地裏は、圧倒的にごろつきどもに有利であった。
大立ち回りも制限され、多くの死角から数を頼みに襲い掛かれる。
しかしそれでも物の数ではない。
シャマンたちは場慣れしていた。
下手に自ら突っ掛けず、狭い、ということを最大限に利用して、襲い来る輩を少数ずつ各個撃破していく。
どうしても一度に襲い掛かれる人数は制限されるもの。
レッキスもシャマンもその辺は当然心得ていた。
だが、ウシツノはそんな事まるでお構いなしだった。
刀を振り回し敵の中心に飛び込むと、ドカドカと敵を薙ぎ倒していく。
カエル族の跳躍力は壁を屋根をと蹴り込む地面を選ばない。
水を得た魚、否、跳び上がる空間を得たカエルは、右に左に上を下をの無双である。
とはいえ全員は殺すなと言われたので、念のため全員を峰打ちなのだが、彼の愛刀〈自来也〉は重さが並みの刀ではないので、当たりどころが悪ければ無事では済まない。
「そこまで気を遣ってやる気はないぞ」
そろそろウシツノの剣戟におののき始めたごろつきどもに、容赦ない一言を浴びせてみる。
気付けばそこら中、倒れているのはごろつきばかり。
先ほどまでのおちょくるような姿勢はすでに微塵も見えなくなっている。
「じ、冗談じゃねえ! こんなに強い奴らだなんて、話が違うじゃねえか」
いつの間にか最後尾にまで下がっていたリーダー格が背を向けて逃げはじめる。
「逃がすなウシツノ!」
「おうッ」
びよぉん、と跳び上がったウシツノは、逃げる男をも跳び越えて正面に降り立つと道を塞いで剣を構えた。
「ひっ」
「向かってきたんだ。死ぬ覚悟ぐらいできているだろう?」
とてもじゃないが常人には避けれそうもない斬撃が見舞われる。
剣先は、泡を吹いて気絶した男の目の前で止まっていた。
「だらしのない」
そう言って鞘に納める。
「や、やべえ! ずらかれッ」
それを見て残った者も戦意を喪失して一目散に逃げだしていく。
とっさにシャマンがそのうちのひとりの首根っこを掴むと太い腕で締め上げながら詰問した。
「テメェらファントムの部下なんだろう? 教えろ。奴は今どこにいる」
「ち、ちが……オレたちはそんな野郎知らねえ……」
「シラ切る気かァ! 他の奴に聞いてもいいんだぞ、テメェの首をへし折ってからな!」
「ヒ、ヒィ~」
情けない声を上げてそいつはペラペラとしゃべりだした。
「オ、オレたちは、オーシャン様に指示されて、あんたらから箱を奪って来いって……」
「オーシャン? 誰だそいつ?」
「し、知らねえのかよ……この国の、ギルドマスターだよ」
「なんのだよ!」
イヤな予感がする。
「盗賊ギルドに決まってるだろ」
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ごろつきどもを追い払った後も、シャマンたちは気分が晴れなかった。
「ウチらに対してさ、盗賊ギルドの息のかかった奴らは手を出さないようにしてくれてるんだよね? ネズミはそう言ってたよね?」
「ああ。最初に会った時にな。けど、あの時は本当に箱は持ってなかったが」
「今は持っている訳だしのう」
「まさか……ネズミの奴が裏切った?」
「もともと信用してよい者かどうかじゃが」
「気が変わったんじゃないの?」
「そうなるとウィペットはどうなるのじゃ?」
「闇医者まで疑うことになるん?」
「もう、誰が味方かなんてわかんねえじゃねえか……」
「とにかく闇医者の所へ行くんよ。まずはウィペットの安全を……」
「あ、ああああああああッ!」
シャマン、レッキス、クルペオの三人は、突然悲鳴を上げたウシツノに驚いた。
「ちょっと! いま深刻な話してるんよ!」
「どうしたんだ? そんな大声上げてよ」
「ない」
「ない?」
「ないんだ」
「なにが?」
ウシツノが背負っていた袋を外し三人に見せる。
袋には破れたような跡があり、ウシツノの物と思しきボロボロの財布が少し見えていた。
「なくなってるんだ……箱が……」
「箱?」
「おい、まさか……」
全員の顔が青ざめる。
「預かっていた大事な箱、パンドゥラの箱を失くしてしまった…………」






