ウシツノとアカメは村へ忍び込むなり顔をしかめた。
村全体に腐臭が漂っているのだ。
夜陰に乗じて木陰から茂みへと跳ぶように移動する。
村では至る所にかがり火が焚かれており、その周囲をトカゲ族の兵隊が徘徊していた。
光の届く範囲を外すように移動するが、かがり火は多く、いやがおうにも村の惨状を見せつけた。
腐臭の元となっている、同胞たちの死体が山となって積まれていた。
漏れそうになる嗚咽を堪え、見張りの居ない瓦礫の陰へと身を潜ませた。
同胞の悲惨な姿を目の当たりにして声を失ってしまう。
それだけではない。
美しかった村の家屋は破壊され、田畑は荒らされていた。
残っているのは瓦礫の山と死体の山だけだ。
「クソッ、トカゲどもめ」
ふつふつと怒りがウシツノの中で沸き起こる。
反面、アカメは努めて冷静に周囲を観察していた。
トカゲ族の兵、天幕、家畜や装備。
二人は自らの装備を点検した。
ウシツノは小手や具足を身に着けておらず、背中に愛刀自来也だけを持った軽装であった。
アカメも同様で、今は似合わない革靴も重たいリュックも持っていない。
極力身軽な格好で、村の内外を流れるアマスト川から村内の池まで通じる水中を使って侵入したのだ。
二人は知る由もないが、ヌマーカが村を脱出する際に通ったルートと同一であり、アマンが村に潜入する際に通ったルートでもあった。
ついでに言えばインバブラがアメの洞窟へと向かう際に使った脱出ルートでもある。
この径はトカゲ族も把握できていなかった。
「思ったよりも兵の数が少ないようですね」
アカメに言われてウシツノも気がついた。
「たしかに、そう広い村でもないのにな。あまり姿が見えないな」
瓦礫の多い村の中には見覚えのない天幕もいくつか張られている。
その天幕の入り口周辺には必ずかがり火が焚かれているが、見張りに立つトカゲの兵はまばらな印象だ。
「天幕はトカゲ族どもだな」
「そうですね。ひぃふぅみぃ……五つぐらいでしょうか」
「どれかにレイ殿がいるはずだ」
「外に見張りがいる天幕はひとつだけみたいですよ」
目を凝らせば中央広場に張られた天幕の入り口に二匹の見張りが立っているのがわかる。
「あれだと思うか?」
「あるいはモロク王の天幕かもしれません」
「どっちでもいいさ。近づいてみよう」
二人は静かに行動を開始した。
見張りの立つ天幕の裏手側に回り込み、反対方向へそっと小石を投げつける。
石の弾む音に気がついた見張りのひとりが確認しようと裏手側へやってくる。
暗がりからウシツノが飛び出した。
「あッ…………」
驚いた顔のままトカゲ族の見張りは喉を一突きにされ絶命した。
「次からは相方に一声かけてくるんだな」
刀を引き抜くと血も拭わずにウシツノは天幕の正面へと向かった。
背を向けたまま入り口に立っていたもうひとりの見張りもウシツノの刀が斬り伏せた。
かがり火に照らされぬよう注意しながら死体をふたつ、瓦礫の陰に移動させた。
裏手側に隠れたままのアカメへ合図を送る。
おっかなびっくり正面へと回ったアカメと顔を見合わせると天幕の入り口へと向かった。
「よし、中の様子を確かめるぞ。レイ殿がいればすぐに脱出だ」
「とにかくレイさんをタイランさんに預けるのが私たちの役目ですからね」
「わかってる」
「中にモロク王がいませんように」
二人はそっと天幕の入り口から中を覗き見た。