【第54話】慟哭、そして

 ありあわせの材木で作られた簡易的な磔台に、レイは四肢を広げた格好で拘束されていた。
 囚われの身で、さらにこのように拘束をされていると、不安と恐怖が何倍にも増幅される。
 さらに目の前で繰り広げられる惨劇が恐怖心を何倍にも膨れ上がらせた。
 猿ぐつわは外されていたが、とうに声など出ない。
 正視に堪えず顔をそむけるが、そのたびに魔女に髪を掴なれ無理やり顔を上げさせられる。
 見たくもない、拷問がそこで行われていた。
 もう何時間も苦痛を伴う責めを受けているのは弱り切ったインバブラであった。
 モロク王に握手で折られた右腕は、依然だらりと垂れ下がったまま、無事な方の左腕一本だけで天井から吊るされていた。
 インバブラの背中は度重なる鞭打ちによりズタズタに裂け、流れた血は赤黒く固まり、傷口は灼熱のように熱かった。
 その上に何度も何度も鞭が打たれた。
 そのたびに血と肉が弾け、悲鳴は小さくなっていく。
 レイは初めて見た鞭打ちが、こんなにも残虐なものだったと強い衝撃を受けていた。
 トカゲ族の拷問吏はインバブラが気を失うたびに傷口に塩を塗りこんでやる。
 するとあまりの激痛に目を覚まし、そして責め苦が再開されるのだ。
 もう何度も繰り返された光景だった。

「そろそろ限界かもね」

 魔女がレイに耳打ちする。
 目の前で喘ぐインバブラの限界はとっくに超えていた。

「あのカエルが死んじゃったら、次はあなたが直接……」

 魔女は日本語でレイに語りかけていた。
 なので魔女が何を言っているのか理解できる。
 しかしなぜそのようなことを言うのか、その意味は理解できなかった。
 何故自分にこのような仕打ちを施すのだろうか。
 自分に一体何を求めているのか。
 何ひとつ理解できなかった。
 この世界は自分にはまるで理解できなかった。
 だから考えるのを止めることにしよう。
 
 ………………自分を、捨てよう……。

 レイは意識を身体から抜け出させるイメージを試みた。
 背後から自分の体を見つめるような意識。
 子供の頃からレイは辛くなるとこうして自分を客観的にとらえようとした。
 自分が自分であって、自分を外から動かすような感覚。
 緊張を和らげるために編み出した方法であり、感情を置いてくるのが適切だと思った時にする逃避だった。
 
 レイの体から力が抜けたことに魔女は気がついた。
 脱魂状態に近い。

「変性まで、もうすぐかしらね」

 そっとほくそ笑む。

 ◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆

 ウシツノとアカメが覗いた天幕の中には、怪我を負って横たわるトカゲ族の兵たちの姿があった。

「傷病兵? ここは医務室のようですね」

 ささやくアカメにウシツノは混乱した。

「医務室だって? なんでここにだけ見張りを置く必要が……」
「手負いの兵を、守る為でしょうか?」

 困惑した表情のウシツノが反対意見を模索する。
 しかし反論は思い浮かばなかった。

「では、なんだ? モロク王は部下に対して手厚い、寛大な王だっていうのか?」
「たしかにカリスマ性は高そうですね」

 それでは困る。
 ウシツノは心の中で絶叫した。
 奴は、怜悧冷徹、非情な蛮族であり、この世の為には斬る以外にない畜生であるべきだ。
 そうでなくてはこちらの憎しみを晴らす相手として相応しくない。

「斬らねばならない奴なんだ」
「ウシツノ殿……」

 予想外の思索にウシツノもアカメも周囲への警戒心が薄れていた。
 だから二人に近付く足音にも気づけなかったのだ。

「お前たち、まさかここへ舞い戻ってくるとはな。愚かな」
「しまった!」

 驚き振り向いた視線の先に、五匹の部下を連れたゲイリートが立っていた。
 黄色いウロコに大きな頭を持つこのトカゲは、ボイドモリと並ぶトカゲ族の幹部である。

「お前たちのことはボイドモリから報告を受けている。たしかクァックジャードの騎士も仲間にいるはずだな。そいつはどこにいる?」
「答えるとでも思うか?」

 ウシツノは刀を抜きトカゲ族どもに対して抗戦の意志を見せる。
 ゲイリートはクックと笑いながら部下たちに抜刀を命じる。

「どこに隠れたものか。お前たちの悲鳴を聞けば出てくるのかな」

 部下たちが前へと出てウシツノとアカメを包囲した。

「ならお前の悲鳴でもって、モロク王をオレの前に引きずり出してやる」

 ウシツノは部下に構わず後方のゲイリートに向かい斬りかかった。

「きゃああああああああああああああああああああッッッ!!」
「ムッ」
「なんだッ」

 その時、村中に闇夜を切り裂く女の悲鳴が響き渡った。
 それは圧倒的な恐怖をはらんだ、聞くに堪えない慟哭であった。

※この作品は小説投稿サイト「小説家になろう」にて掲載、鋭意連載中です。

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