【第55話】絶叫

 村のはずれに大きなクレーターが出来ていた。
 周囲は未だ焦げ臭く、所々に土がガラス状になっているのを見るにかなりの高温で燻されたのだとわかる。
 盛り上がった縁に立ち、タイランはこの惨状を観察していた。

 ウシツノとアカメとは別行動で潜入した。
 一塊で動くより安全だと判断したためだ。
 あの二人は川底から水中を経て侵入したが、タイランは夜陰に乗じて空から忍び込んだ。
 いたる所にかがり火が焚かれているとはいえ、圧倒的に見張りの数が少ない。
 タイランは木々の梢を渡り易々と村の中へと踏み込んでいた。
 もっとも破壊の跡が大きく、炎の臭気が漂うこのクレーターにタイランは引き寄せられるように近付いた。
 足元に光るガラスの結晶を踏み抜くといとも脆く崩れ去った。

「砂がガラスになるには千七百度以上の高温が必要だ。このような火力、アユミ以外にはいまい」

 タイランは探し求める姫神紅姫のことを思い出していた。
 この世界に現れた異界の娘。
 それを最初に見つけて保護したのがタイランであった。
 古い伝承に記されていた姫神が、クァックジャードの領地に降臨したのには意味がある。
 そう捉えた騎士団の上層部は沸き立った。
 本来各地の紛争の調停役を引き受けるのが我らクァックジャード騎士団の務めである。
 その我らが世界の均衡を破壊しかねない力を持つ姫神を保護することは、何とはなしに禁忌に触れるような思いがした。
 その迷い、躊躇といったものは上層部からも感じられたが、故にか、アユミの姫神としての覚醒を失敗させてしまった。
 アユミは転身体である〈紅竜美人レッドラッケン〉の力を抑えきれず、暴走したまま北の地を飛び出し行方知れずとなった。
 紅姫捜索の任を受け、多くの騎士が各地に派遣されたが、その真意は外部に対し秘匿すべきと厳命を受けていた。

「ここで暴れたのだな、アユミ。だからトカゲどもの数も少ないのだな」

 そこまでは推測が立つ。
 だが肝心なことは結局わからない。

「今は何処にいるのだ、アユミ」

 その静かな夜の惨劇の跡地に風がざわめき出した。

「どうかしたのか……むッ」
「きゃあああああああああああああああああああああッッッ」

 その時、村中に響き渡った悲鳴をタイランは耳にした。

「あの声は、まさか黒姫」

 ◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆

 脱力し、生気を失った顔のレイを見て、オーヤはそろそろだと確信した。

「クライマックスが近そうよ、モロク王」

 オーヤの言葉に天幕の奥に座し、黙って拷問を見続けていたモロク王が立ち上がった。

「ようやくか。なかなかにしぶとかったな」

 そう言いながら天幕の中心、吊られたインバブラの近くまで歩み寄る。
 全身がまさにぼろきれの様に見えた。
 衰弱し、恐怖と苦痛にあえぎながらもまだ救いを求める目を向けてくる。

「た、たすけて、くれ……」

 そう弱々しくつぶやくインバブラにひとつも感慨を向ける事もなく通り過ぎると、モロク王はレイの前にやって来て顔を持ち上げじっくりと表情を観察した。
 レイは恐ろしかったが顔を背けることも出来なかった。
 人間の顔とはまるで違う、トカゲの王の醜悪で冷酷な表情を前にして、一切の抵抗が出来なかった。
 もし何かして気を悪くさせたら、さらにひどい仕打ちが待っているかもしれない。
 その先は想像する事すら避けた。

「ふむ、仕上げといくか。よく見ておけ、黒姫」

 言うなりモロク王はゆっくりと鞘から長剣を抜いた。
 そしてレイによく見えるように、天井から吊られたインバブラの左の手首を切り落としてしまった。

「ッッッゥ」

 衝撃の中で、レイはインバブラの体がゆっくりと落下したように見えた。
 背中から落ちたインバブラは左手首を切られて痛さでのたうち回っていた。
 だがモロク王の加虐はそれで終わらない。
 叫ぶインバブラの左肘に剣を突き立て地面へ串刺したのだ。
 これでのたうち回ることも出来なくなった。

「ぎゃあああああああああああああああああッッッッッ」

 インバブラは喉も張り裂けんばかりに悲鳴をあげた。
 逆にレイは声も出ない。
 呼吸も止まりそうだった。
 目の前の出来事がただただ信じられなかった。
 目を背けたくて天井を見ると、そこにはインバブラの残った左手首だけがぶら下がったままだった。
 ピクピクと指が小さく痙攣していた。

 モロク王が剣に付着したインバブラの血をレイに向かって振り払う。
 レイの顔に、服に、インバブラの返り血が飛び散った。
 その血は頬を流れてレイの口元に、唇から舌の上へと滴り落ちた。

「きゃあああああああああああああああああああああ!!」

 堰をきったかのように、レイの恐怖に満ちた絶叫が響き渡る。

 いやだ!
 もういやだッ!
 こんなところいやッ!
 帰して!
 こわい!
 こわいッ!
 こわいこわいこわいこわいこわいッッッッッッ!

「あああああああああああッッッああああああああああああああァァァァァァ」

 理性も何もない。
 ただ叫ぶだけのレイに反応したのは、背後に置かれた剣であった。
 レイは知らなかったのだ。
 自分を拘束した磔台の真後ろに、魔女が黒い剣を置いていたことを。
 禍々しいオーラを放つ剣が用意されていたことを。
 レイの恐怖心に強く感応していたことを。

「いやぁああああああああああああああああああああああ」

 黒い剣から放たれた思い颶風ぐふうが吹きすさび、拘束されたレイを包み込んだ。

「おお! やったか!」

 モロク王が歓喜の目を見開く。
 オーヤは目を細める。
 黒い剣からひときわ大きな衝撃が発した。
 たまらず天幕が内側から吹き飛ばされる。
 村の中心に大きな黒い風の渦が生じ、その様子をその村にいる全員が見ていた。
 ウシツノとアカメ。
 ゲイリートとその部下。
 傷を負ったボイドモリ。
 駐屯しているトカゲの兵たち。
 クレーターの縁に立つタイラン。
 そして……。

「なんだろう? あの黒い渦みたいなのは」

 村外で身を隠していたシオリも見ていた。
 そのときシオリの剣がカタカタと震えだした。

「え、なに?」

 それはまるで、黒い渦の中心に剣が反応しているようだとシオリは感じた。

「レイさん……」

 シオリは迷わず村へと駆け出した。

※この作品は小説投稿サイト「小説家になろう」にて掲載、鋭意連載中です。

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