【第52話】オレンジ色の稜線

 レイが魔女とトカゲ族どもにさらわれて、すでに一日半が経過していた。
 さらわれたのは昨日の早朝であった。
 とにかく急いでカザロへと向かったわけだが、魔女のように一瞬で行き来ができるわけもなく、この一日半という時の流れが致命傷にならないことを願うばかりだった。

 まだまだ日の高いうちに一行はカザロの村の近辺にまで戻ってこれた。
 だがすぐに村へ入ることはせず、四人は近くを流れるアマスト川と並行して生い茂る、鬱蒼とした森の暗がりに身をひそめた。

「レイさん、大丈夫かな……」

 シオリが心配そうに独りごちる。

「傷つけたり、まして殺めたりなどは間違ってもしないはずだ」

 タイランが優しい口調でシオリをなだめた。
 レイが貴重な存在であるのは事実なので、この見解は間違ってはいないだろう。

「でも、きっと怖い想いをしているはずです」
「……そうだな」

 そう返されては黙り込むしかない。
 おかげで周囲の蝉時雨が途端に大きく聞こえてくる。
 ウシツノは蝉の声に消されない程度に声をひそめてアカメに尋ねた。

「村の状況が知りたいな。敵の数と、レイ殿の居場所だ。どうする?」
「難しいですね。敵も警戒しているでしょう」
「むう」

 アカメの指摘は当然であり唸るしかない。

「夜まで待機だ。辛いだろうがな」

 タイランの発言にアカメが同意した。

「夜陰に乗じて忍び込み、レイさんを助けましょう」
「そして出来るならば、魔女を討つ」

 ウシツノがそう続ける。

「魔女をですか?」
「奴が生きていてはレイ殿は安心できぬだろう。ゲートとかいう」
「常にレイさんの元に魔女が現れる危険がありますからね」
「そう、それだ。どうせならモロク王も討ってしまいたいところだが」
「さすがにあれほどの豪傑を、もののついでに討たせてはもらえまい」

 そうタイランが苦言を呈す。
 かつての大戦で名を馳せた英傑である。
 主義心情がどうであれ、そう簡単に打ち倒せる相手ではない。

「ウシツノ殿、今はこらえてください」
「わかっているさ……」

 アカメとタイランの忠告にウシツノは素直に引き下がった。
 モロク王が大クラン・ウェルことカザロ村の長老、そしてウシツノの父親の仇であることは全員が承知していた。
 だが今はレイの救出に集中すべきであろう。
 ウシツノもそれぐらいの道理はわきまえていた。

「で、シオリ殿はここに隠れているんだぞ」
「え、どうしてですか」

 ウシツノの意外な言葉にシオリは反対の意思を示した。
 自分にも戦う力はあるし、ここまで来たのだ。
 だがアカメもタイランもウシツノと同意見のようだった。

「それがいいです。あなたも狙われているのですからね」
「……はぁい」

 しぶしぶとシオリは引き下がった。
 この世界の道理がまだわからぬ以上、大人しく言うことを聞いておくほかない。
 そんな具合に時間は流れて行った。

 それから数刻。
 息をひそめて待つには果てしなく長い時間がようやく過ぎた。
 太陽は完全に西の尾根に沈み、稜線を縁取る最後のオレンジ色がか細い線となって消えた。
 そばにいる仲間の顔すら判別できぬほどに暗くなる。

「頃合いだな。行くぞ」
「はい」

 シオリを除く三人は茂みから這い出ると森を出て、静かに村へと急いだ。

※この作品は小説投稿サイト「小説家になろう」にて掲載、鋭意連載中です。

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