【第51話】インバブラの賭け

 へへ、とへつら笑いするインバブラをモロク王はジッと見下ろした。

「き、貴様ッ。王に対して無礼な言葉使いはヤメよッ」

 ボイドモリがインバブラの首根っこを掴んで床に叩きつける。
 それでもインバブラは下からモロク王をねめつけるのを止めなかった。

「よい。で、貴様はオレに何をもたらす?」
「へぇ、アンタは黒姫を利用したいんだろ? わかるぜ。オレ様も見たが、ありゃあすげえ力だ」

 ボイドモリの手が緩んだのでインバブラはゆっくりと身を起こした。
 緊張は解けなかったが、ここでまくしたてねば命はない。
 考えるよりも先に舌が動いた。

「ほう」

 モロク王の目がスッと細くなる。

「そこで、だ。オレ様は故あってコイツともうひとり、異世界から来たニンゲンと縁がある」

 インバブラは足元に横たわるレイを指差しながら続ける。

「白姫ってんだ。オレ様がここへ連れてきてやる! 面倒もオレ様がみてやる。オレ様の言う事なら二人とも素直に聞くしな」

 ドン、と自分の胸をたたきながら得意満面な表情で、かつ媚びるような上目使いでインバブラは相手の反応を確認した。

「面倒を見るというのか。お前なら娘らを手懐けられると」
「そうとも! ああ、ああ、オレ様はコイツらに頼られてるんだよ。だから任せてくれって。きっとあんたの役に立つだろうよ」
「なるほど」
「ここいらの地理にもオレ様は明るい。部下を貸してくれ。すぐにもうひとりも連れてきてやる」
「それは助かるな」
「実を言うとな、オレ様は村の奴らとそりが合わなかったんだ。だからあいつらをぶっ殺してくれたアンタらには変な話、感謝してるんだぜ」
「ほう」
「あいつら、長老もそうだったが、オレ様の価値をまったく見えてなかった。オレ様は他人の機微ってのがよくわかるんだ。だから異世界人のことも上手くあしらえる」
「……」
「っと、すまねえ。つい自分語りをしちまった。アンタは村の連中とは違うってのにな」

 ふと、インバブラはモロク王の刺すような視線に気付きたじろいだ。
 さすがに口を閉ざし相手の返答を待つことになった。
 彼にとっては長い、命の採択が下されるであろう沈黙の後、モロク王からインバブラに向かい右手がスッと差し出された。
 インバブラの顔が輝いた。

「交渉成立だな! アンタの選択は間違いじゃないってスグに証明してやるよ」

 喜色満面で差し出された握手を交わす。
 ホッとしたと同時に野心がムクムクと芽生えてきた。
 今まで村の鼻つまみ者として日陰を歩いてきたのだ。
 だが運気が変わった。
 大嫌いだった村の連中はみんなおっちんじまった。
 そして異世界から来たニンゲンが大層なチカラを秘めていま目の前にいる。
 もうひとりも山中をうろついているはずだ。
 ウシツノやアカメ程度にトカゲ族と渡り合えるはずがない。
 白姫の方もすぐに手に入るだろう。
 そうしたら娘どもを手懐けて、こっそりオレ様の言うことを聞かせるようにしてやる。
 ハハ、オレ様の天下も夢じゃないな。
 賭けに勝ったんだ!
 これからはオレ様の時代だ。
 オレ様が世界を動かしてやるんだ。
 やった。
 やったぞ。

 そのとき、気色の悪いひしゃげた音が脳内にこだました。
 ボキッ! という音が確かに聞こえた。
 だが周囲の誰もが自分よりも大きな反応を見せてはくれなかった。
 そのうちインバブラは額に脂汗がにじんでくるのを実感した。
 右腕に違和感を覚えていた。

「ッ!」

 目をやってギョッとした。
 モロク王と握られた右腕が、手と肘の間で反対方向に折れている。

「な、な、なぁ! い、いでぇぇぇ」

 突然の暴力に、横たわったレイも恐怖で目を見開いていた。
 猿ぐつわのおかげで悲鳴をかみ殺せていたが、背けたい目が何故だか釘付けになっていた。

「いてえ、いてぇよ」

 痛みとショックで膝をつくとインバブラはガクガクと震えた。
 何故? と問いかける目には恐怖で涙が滲んでいる。

「ふむ。貴様に娘らの面倒を見てもらう必要はないのだが、黒姫の覚醒には役立つかもしれんと思ってな」

 そう言ったモロク王が天幕の入り口に目を向けると、そこに女が立っていた。

「そうだろう、オーヤよ」

 いつの間にか帰還した魔女が天幕に入って来る。
 蒼白なレイに近寄ると彼女の髪を掴んで強引に膝たちにさせた。

「確かに名案ね。縁のある者が苦しむ様を見れば、黒姫の覚醒にはうってつけだわ」
「な、なんの話だ?」

 うずくまりながら話を聞いていたインバブラだが、嫌な予感がひしひしと沸いていた。

「黒姫を本格的に起こす。貴様の苦しむ姿を見せて恐怖を味あわせる。それこそが黒姫覚醒の糧となるのだ」
「や、やめてくれ……」
「なに、死にはせん。黒姫が覚醒するまではな。ハハハハ」

 オーヤはレイの髪を掴んだまま、彼女に顔を寄せると日本語でハッキリとこう伝えた。

「あなたも覚悟して、とっとと覚醒なさい。もし覚醒前にこのカエルが死んじゃったら、次は直接お前を拷問するしかないんだからね」

 魔女が突然わかる言葉を話した事実よりも、その内容とこの状況に耐えられず、レイはとうとう気を失ってしまった。
 全身から力が抜け落ちたレイを抱き上げると、魔女は王と共に笑い出した。

「あらあら、これは思ったよりも早く済むかもしれないわ」
「それは朗報だな」

 天幕を老いた英雄と狂った魔女の忍び笑いが満たしていた。

※この作品は小説投稿サイト「小説家になろう」にて掲載、鋭意連載中です。

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