【第273話】ライシカの妹

 マラガ盗賊ギルドの幹部チェルシー。
 旅の魔道商人チェルシー。
 謎の故買屋ファントム。
 ハイランドの正統なる王位継承者ゼイムス。

「どの名で呼べばよいのでしょう」

 ワイングラスを傾けながら、ライシカは同じ卓に着く青年を見た。
 エスメラルダ古王国を実質支配するこの女帝は、いま王宮を離れ、ハイランドとエスメラルダの国境付近に位置するカムルート砦にいた。
 二つの国を南北で分ける、長大な蒼狼渓谷ウルブスバレーを望む砦で、その青年と相対していたのだ。

「いまはまだ、チェルシーと」
「フフ、そうか」

 青年に見惚れながらライシカは微笑む。

「万事、うまく行っている様ですね」
「そちらも」
「アイブロックス砦を攻略後、ローズマーキー、ウラプール、ネアンまで落としました。そして先ごろ、ハイランド本隊を南アップランド平原にて見事粉砕してやったと報告がありましたわ」

 アハハハ、と高笑いする。

「さすがは、聞きしに勝る翡翠の星騎士団です」
「それだけではありませんよ」

 ライシカはもうひとり、この部屋の隅に佇む女を紹介した。

「我が妹にしてランダメリア教団の司祭長、ギノ・ミュウキといいます」

 ミュウキという女にコク、と小さく会釈される。

「これ、ちゃんとご挨拶なさい。済まぬな。滅多に見ることのない、あなたのような色男を前に照れておるのです」
「ち、ちが……」

 赤面するミュウキをチェルシーは曖昧な笑顔でやり過ごした。

 エスメラルダの国教であるサキュラ正教の大司教座に就くライシカ。
 その妹が、邪神と蔑まれる獣神ガトゥリンを崇拝する悪名高きランダメリア教団の司祭長。
 その事実はチェルシーにとって大いに利用できるものであった。
 そして実際に相まみえたこのミュウキという女司祭。

 端的に言って、気味の悪い女であった。

 手入れのされていないボサボサの長い黒髪。
 真っ白で痩せぎすの肌に落ち窪んだ眼下。
 それでいて瞳だけは爛々らんらんと輝き、見る者をどうにも不安に陥れる。
 話す声もしゃがれていて、常に首をすくめながらシャーシャーと嗤う。
 その姿はまさに生ける骸骨のようである。

 チェルシーは気分を落ち着けようとワイン片手に窓辺へと向かう。
 窓から覗く下方、砦の中庭にもまた気味の悪い集団がいた。
 彼らは寄り集まり、配給された食事をむさぼっていた。
 世話役に指名されたこの砦の駐屯兵はそろって顔をしかめている。
 お世辞にも行儀のよい集団とは言えなかったからだ。

「彼らひとりひとりが優れた魔獣使い、ビーストテイマーなのですね」

 巨獣バルカーンすら意のままに操る。
 その力で城塞都市ネアンまで落としてしまった。

「と、特別優秀な、も、者を選んで、きましたから……」

 骸骨、もといミュウキがシャーシャーと軋る声で答える。

「なるほど」

 彼らを見ているとワインの味がしなくなる。
 これは不味いとさらに目線を移す。
 彼らの荷物が積まれた場所に、いくつもの檻が並べられているのに気がついた。
 それぞれ野犬を入れるのに丁度よいサイズのようだが、中に閉じ込められているのはどうやら人間のようである。
 それも見るからに歳若い女ばかりのようだ。

「あれは?」
「ガ、ガトゥリン様への供物です……」
「つまり生け贄か?」
「ガ、ガトゥリン様は、わ、若い女の血肉を欲するのです。で、ですから、わ、わたしが自らを、さ、捧げたいぐらい、ですけど……」

 そなたでは神も喜ぶまい。
 チェルシーは思ったことが顔に出ないよう苦心した。

「しかし、いささか勿体のうありますな。特にあの女など」

 チェルシーが認めたのは白いドレスの上から剣帯を締めたまま、縛られ檻に入れられている女だった。
 着ているものも上等で、どことなく気品を漂わせている。
 おそらくかなりの貴族階級だと思われた。

「あ、あの女は、ネアンの領主の、む、娘だそうです……」
「ネアンの?」

 一瞬、チェルシーは考え込んだ。
 自身が王位を取り戻す協力を取り付けた貴族の中に、ネアンの領主オロシ伯爵がいたはずだ。
 彼は人望も厚く、とてもよい駒となってくれるはずだが、仮に今ここで自分があの娘を助けたとしてもエスメラルダとの繋がりを追求されるだけで得はないだろう。

(まだまだこの教団の力は使えるからな。悪いが伯爵殿には娘の命、諦めてもらうとしよう)

「しかしライシカ殿。あなたもかの獣神の復活をご希望か?」
「フフ、私の興味があるのは王国の支配だけです。信仰など、そのための手段にすぎません。サキュラだろうがガトゥリンだろうが」

 事も無げに言うライシカを、ミュウキはキッと睨み付ける。

「まあ、そうは言っても可愛い妹のためです。普段から生け贄を用立ててやるのになかなか難儀しているのですよ」

 それも家族愛なのだろうか。
 孤独なチェルシーにはわからない。

「しかし、そうか」

 だがチェルシーには気付いた点があった。

「エルフと密約を交わし、女をさらわせていたのは奴隷として売るためだけではなく」
「そうです。教団に供給する生け贄を用立てる隠れ蓑でしたのよ」

 エルフを人さらい集団として使い、奴隷として盗賊都市に渡す。
 そこでエルフの女王にして盗賊ギルドの長であるト=モに恩を売り、同時に自らの政敵となる者を狙ってさらわせていた。
 だが実はそれだけでなく、ランダメリア教団への生け贄としてさらった者の汚名まで、エルフになすり付けていたというわけだ。

「一石二鳥どころか三鳥、四鳥であった」
「しかし、それではエルフの残党を捕らえた以上、調べればやがて足がつくのでは?」

 銀姫率いる翡翠の星騎士団により、センリブ森林のエルフたちはすでに捕縛されている。

「問題ありません。大半のエルフはすでに鉱山送りとしましたし、それ以外もある勢力ヽヽヽヽに引き渡し済みです」
「ある勢力?」

 その問いにまではライシカは答えなかった。

「しかしそう、この仕組みに狂いが生じ始めたのは、銀姫。あの小娘の出現からであった」

 憎々しげにライシカの手が震え出す。
 チェルシーはそっと、その手に自身の手を重ねながら言う。

「ですがそれは、時代という時計の針を前へと進める好機でもありましょう」

 ライシカの震えが止まった。
 その様をミュウキは指を咥えながら見つめている。

「いよいよ次は聖都カレドニアです。私が王に返り咲いたとき、ライシカ殿、あなたと、あなたの国は、私と共にこの世界の覇権を握るのですよ」
「あぁ、チェルシー」

 チェルシーはそっとライシカにくちづけをしてみせる。
 ほんの数瞬の事であったが、相手を蕩とろけさせるに十分であった。
 ライシカの目は完全にチェルシーを捉えて離さない。
 その様子をすぐ隣で指を咥えて見つめるミュウキ。

「では、手はず通りに、お計はからいを」
「行ってしまうのか? せめて一晩」
「時は目ま狂しく動いております。ですがご憂慮めさるな。我らの天下はもうそこまで」

 優雅に一礼して青年は部屋を出た。
 その後ろ姿を二人の女が名残惜しそうに見つめ続ける。
 しかし、部屋を出た後の彼の形相は、先ほどまでと打って変わり、何者も寄せ付けようとしない苛烈さを滲ませていた。

※この作品は小説投稿サイト「小説家になろう」にて掲載、鋭意連載中です。

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