【第62話】並び立つ二傑

 シオリたちは蘇ったトカゲ族とカエル族の死人ゾンビーたちによって、十重二十重と完全に包囲されていた。
 シオリだけでなく、ウシツノやアカメにとっても大量のゾンビーに囲まれる、などという想像するだに不気味なことこの上もない状況は、当然ながら初めての経験だった。
 決して好ましいこととは思えない。
 まして生前の彼らを知るカエル族の二人にとってはなおさらだ。

「み、みんな、オレ達がわからないのか! オレだよ、ウシツノだ。アカメだっているぞ」
「無理ですよ、ウシツノ殿」

 どうにかみなの目を覚ませないかと叫ぶウシツノだが、アカメがその呼びかけを制止する。

「残念ですが、もう彼らに自我などなさそうです」

 ゾンビーどもは何も言わず、ただゆっくりと包囲を狭めてくる。

「シオリ殿ッ」

 納得いかないウシツノは、今度はシオリに縋り付く。
 ウシツノがシオリの、姫神のチカラに期待していることは明白だ。
 奇跡を起こせるのではないのか、と。
 だがシオリにもどうすればいいかわからなかった。

 あの初めての姫神転身以来、シオリも自分が何か変わったという自覚はあった。
 考えるに魔法としか言いようのない、様々な能力がこの身に授けられたのだと思う。
 事実、傷を癒したり、体内から毒素を除去したりといった奇跡を行使した。
 あの時はごく自然に、当然のごとくそれはできる事、と理解していたのだ。
 理屈はわからないが、魂がそう囁いたのだ。
 だが今は違う。
 生ける屍となった者に対し、特別なチカラの発露、もっと言えば彼らを救う手立てが何も浮かんでこなかった。

「それは無理というものよ」

 答えに窮したシオリに代わり、魔女がウシツノに答えを返した。

「失った生命の蘇生は最高ランクの奇跡。いくら〈再生の道標〉である白姫と言えど、おいそれとできる芸当ではないわ」
「そんな……」

 ウシツノの耳に魔女の声が冷たく響く。

「なにより昨日今日覚醒したばかりのひよっこちゃんなのよ、その娘。なおさらよ」

 魔女の言葉はシオリが感じていたそのものだった。
 ただあまりに無慈悲な言いように、シオリは申し訳なくウシツノから目を背けた。
 シオリを責められないウシツノは、滲み出る口惜しさを抑えられずにいた。

「くそッ……なんて汚い戦い方だ。村の人々を、死してなお苦しめる。死者を冒涜する行為だ」
「仕方ないじゃないッ」

 金切り声を上げたのはレイだった。
 ウシツノの批判する汚い戦い方を行使した本人だ。
 レイの反応にウシツノは狼狽えた。

「レ、レイ殿……あ、いや、オレはそんなつもりじゃ……」
「私だってこんなの嫌よッ! 怖いし、気味が悪い。でも私には、私にはこんな事しかできないんだものッ」
「レイさん……」
「来ないでッ」

 レイの拒絶に声を掛けたシオリがビクッとして歩み寄りを止めた。
 シオリを睨むレイの顔には嫉妬と怒りの感情がハッキリと表れていた。

「シオリさんはいいよね。そう、まるで天使みたいだわ。みんなを癒す、まさに光の存在ですものね。でも……どうせ私はッ、ワタシはッ! アハハハハハハハハッッッッッ」

 発狂するレイの感情に揺り動かされて、シオリたちを囲んでいたゾンビーが一斉に、雪崩を打って襲い掛かってきた。

「ヒエェェェェェッ」

 アカメは無我夢中で襲い来るゾンビーの手から逃れようと駆けまわる。
 タイランは向かってきたトカゲ族のゾンビーの額にレイピアを一突きする。
 脳を貫通したはずの一撃も、だが痛みを忘れたゾンビーは止まることもなく、勢いそのままにタイランに殴り掛かった。
 その拳を躱しながら引き抜いた剣で腕を叩き落としてやる。

「こいつらは痛覚を持たない! 怯むこともないから腕や足を狙うんだ」

 タイランは奮戦しているウシツノとシオリに向かって叫んだ。
 シオリは美しく光り輝く長剣、シャイニング・フォースを力一杯に横薙ぎする。
 地面から土や小石、砂利ごと巻き込みながらも鋭い弧を描いた剣閃が、一振りで五体ものゾンビ―を膝上から両断して見せた。

「ッ!」

 それでも、迫る勢い余って上半身だけとなったゾンビーがシオリに掴みかかろうと肉薄した。

「ンッ」

 息を止めてもう一度、迫る五体を返す剣で弾き飛ばした。
 剣圧と斬撃で叩かれたゾンビーの肉片が辺りに散らばる。
 シオリの鼻は発散される肉片の腐臭でひん曲がりそうだった。
 ウシツノはシオリに加勢しようとした。
 しかしそのウシツノの行く手に立ち塞がった者が頭上から大剣を振り下ろした。

「くぁッ」

 ガツンッ、という重たい音と衝撃に、防御した愛刀、自来也が軋みを上げた。
 上から押される重量に負けじと足を踏ん張って鍔迫り合いに持ち込む。
 交わった刀の刃越しに見えた相手はウシツノを愕然とさせた。

「親父ッ」

 その大剣を振り下ろしたのはカエル族の長老にしてウシツノの父親である、大クラン・ウェルであった。
 全身に手傷を負っていた。
 最後に見た時に着ていた藍色の着流しはどす黒い血に染まり変色していた。
 頭部は半分ひしゃげていた。
 目に生気はなく、呼吸も感じられない。
 だが力強さは生前のままだった。
 お互いが剣の鍔でせめぎ合い、互いを押し返そうとする。
 しかし、村一番の怪力を誇ったウシツノだが、老いた死せる巨人に押されていた。

「くッ」

 力負けを喫した理由はいくつもある。
 その最たるはウシツノ自身の戦意が挫かれていたことに他ならない。
 そのウシツノに横合いから別の大剣が斬りかかった。
 トカゲ族のモロク王が振るった一撃をウシツノは後方に跳び退いて躱した。
 間合いを空けて再び剣を構える。
 目の前に父親と仇、カエル族の長老とトカゲ族の王が並び立っている。
 どちらもすでに死人だ。
 だからこそ今や無敵に近い。

「ウシツノ殿、躊躇してはなりません! その方はもう、私たちの知る御仁ではないのですから」
「わかっている!」

 アカメに言われるまでもない。
 確かに最初は動揺した。
 だがそれまで、もう切り替えた。
 いつまでもわめいているばかりではあまりに不甲斐ないじゃないか。
 昨日まで親父の愛刀だった自来也を構え、ウシツノは気合を込めて一喝した。

「オレがその魂を鎮めてみせるッ」

※この作品は小説投稿サイト「小説家になろう」にて掲載、鋭意連載中です。

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