魔女の告白は耳を疑うものであった。
とりわけシオリに至っては耳を覆いたくなるようなものだ。
しかし魔女は無情にももう一度、同じことを繰り返した。
「私はかつての黒姫。姫神としてこの地にやって来たのよ。あなたと同じに」
魔女はシオリに向かって言い聞かせるようにはっきりとそう口にした。
「な……なんだって…………」
「お前が、姫神……」
ウシツノは驚きで喉を詰まらせ、さすがのタイランも目を見開いて身体を固くしていた。
フ、と自嘲気味に笑みをこぼして、オーヤは一同の反応に満足そうにした。
しかしそこに愉悦は感じなかった。
「く、黒姫は二人いるのか?」
「いいえ、ウシツノさん。魔女は「かつての」と言いました。今は姫神ではないという事です」
「そうよ」
アカメの指摘をオーヤは素直に肯定した。
そこでアカメが一歩前へと踏み出す。
「いい機会です。オーヤさん、私はあなたにいろいろと聞きたいのですが」
「なにかしら? いい質問なら答えてもいいわよ」
こちらを試すような魔女の素振りにウシツノは内心臆した。
自分自身で認めているが、正直知恵比べとなると誰にも敵う気がしない。
気の効いた返しも苦手なウシツノである。
考えることはアカメに任せるつもりでいた。
そのアカメもしばし黙る。
何を聴くべきか考えをまとめた結果、それは実にシンプルな問いとなった。
「姫神とはなんです?」
「あははははッ」
オーヤのけたたましい笑い声が響いた。
予想以上に簡潔な質問につい笑ってしまったが、先ほどとは違い愉悦の表情に満ちていた。
「うふふふ。ごめんなさい。あまりにシンプルだけど、これほど的を射た質問はないわね。いいわ」
アカメと、そしてシオリはオーヤの答えにじっと耳をそばだてた。
一言一句聞き漏らすまいとする姿勢が見える。
気を良くしたオーヤは静かに、とうとうと詩の一節を口にした。
――いつ、始まるかは、ようとして知れず。
――七人の姫神、異界よりまかり越す。
――その力は超常なり。
――されど七人、弱きものなり。
「どっかの古文書だかに書かれた、姫神に関する最初の一文よ」
静かに聞いていたアカメが何度も今の詩を繰り返す。
記憶力には自信があった。
今のうちに脳へと焼き付け、同時に意味の解釈を推し進める。
「……なるほど。姫神とは強力な力を振るう異邦人。それこそ神のごとき」
頷くアカメの隣で、シオリは奇妙な心持ちでいた。
自分が異界から来たものと言われても、こっちからすればここの方が異界である。
だから当然、この詩はこちら側の誰かが詠んだということだ。
「そして姫神は、全部で七人ですか……」
「そう。姫神は七人。すなわち、黒姫、白姫、紅姫、そして藍姫、桃姫、銀姫、最後に金姫」
「七人……私やレイさんと同じような人が、他にあと五人も……」
「歴史上、姫神が現れた際にはその力を利用しようとして、様々な勢力が各地で争いを起こすことになるわ」
「そんな」
シオリはショックを受けたようだが、事実カエル族はすでにトカゲ族により蹂躙されている。
モロク王の目的はあからさまに姫神であった。
意外にも、オーヤはシオリにわずかながらも憐憫の眼差しを向けた。
「だから姫神が現れた時、それは世界の終焉とも新世界の幕開けとも言われているのよ」
「終焉……幕開け?」
「なんだかわかるようで、なんにもわからん話だな」
ウシツノが横から割って入る。
つい口をついてしまったが、正直な感想だった。
「結局姫神とはなんなのだ? すごい力を持ち、異界からやってくることはわかった。だがなんのために来るのだ? 戦争の道具になる為か? 違うだろう。大事なのはそこじゃないのか?」
オーヤが驚き、そして感心したという風に笑った。
「おバカに見えたけど、なかなかに芯があるのね」
「なっ、なにィ」
「褒めてるのよ。そう、姫神はね、大いなる存在が遣わす……とされているわ」
「なんだ? それは」
「ふふ、ここまではそこの騎士さまもご存知じゃないのかしら。ま、この世界の住人による都合の良い解釈だと思っているけどね、私は」
タイランは何も答えなかった。
しかしアカメには聞き捨てならない事だった。
「待ってください。姫神に関すること、私は全く知りませんよ。学園都市アイーオの最高学府に留学経験だってあります。しかし聞いたこともない。そもそもこのような話、一体どれほどの資料や文献が残っているのですッ」
「東よ」
「東?」
「そう。東の大陸。あちら側にはこの辺境にはない知識が貯蔵されている」
「東の大陸……ニンゲンの国! そこに古文書が……」
ふふふふ。オーヤが笑い出す。
「違うわ。古文書じゃない。だって今も、書き綴られている最中ですもの」
「今も?」
オーヤは軽くステップし後方に跳んだ。
体が空中に浮かびあがり、手を伸ばしても届かない高さへと上ってしまった。
「今もこれからも永遠に書き綴られる。この世界がある限り。姫神が召喚される限り」
「誰にですか」
「エンメ。偉大なる年代史家」