タイランの身体が地面から浮き上がる。
オーヤの金色に輝く蛇のような髪が縛めたタイランの身体を持ち上げたのだ。
脱出を試みようと藻掻くタイランを魔女はうるさそうに地面へ強く打ち付けた。
「ぐ……むぅ」
「あははは! どう、騎士さま? 女の髪に振り回されるのも悪い気はしないでしょう」
笑いながら今度はタイランを周囲の大木に向けて振り回した。
何回転も旋回する。
タイランは何度も大木の幹に身体をぶつけ、その都度全身から力が抜けていくようだった。
気分よく騎士を振り回していたオーヤだったが、強い回転で髪が伸びきった瞬間に、その美しい金色の髪がブチ、と切れる音を耳にした。
同時にタイランが緩んだ髪から抜け出し、空中で体勢を整えながら着地する。
呆然とするオーヤの足元に切れた金色の髪がひと房、地面に落ちていた。
「き、切ったわね……私の、美しい髪を……」
タイランの手に短剣の刃が光っていた。
「存外もろかったぞ。手入れが行き届いていないのではないか」
「なんですッてェッッッ」
笑みの消えたオーヤの顔が怒りで恐ろしい形相になる。
しかしタイランは恐れることなく、「魔女よ」と諭す口調で語りかけた。
「魔女よ、何を考えている? あれでは黒姫は覚醒に失敗するぞ」
「……そうかしら?」
いくぶん落ち着きを取り戻したオーヤはタイランの言葉を一笑に付す。
「お前もわかっているはずだ! あのように追い込めば、黒姫は力を制御できずに暴走する」
「クァックジャードが紅姫に失敗したように?」
「ッ…………どこまで知っているのだ」
今度狼狽えたのはタイランの方だった。
それがうれしいらしく、オーヤは機嫌を直して笑い出した。
「平気よ黒姫は。あの娘は他の姫神とは違うのだから」
「なにッ……」
その時タイランを呼ぶ声が近い場所から聞こえた。
ウシツノとアカメ、シオリの三人がようやく追いついたのだ。
「タイランさん!」
よほど急いて来たのだろう。
三人とも息が上がっている。
だが到着するなり全員すぐに息をのんだ。
タイランと対峙しているのがあの黒衣の魔女であるとわかったからだ。
「キサマ! どうしてここに」
すかさずウシツノが腰だめに刀を構える。
アカメもシオリをかばうように前へと立った。
その様子を見てオーヤが微笑む。
「あらあら、健気ねえ。どうしましょう」
「やや! まさかこの場であなたに会えるとは」
驚いたのは一緒だが、アカメの反応はウシツノとはずいぶんと違って見えた。
なんせアカメにとっては今もっとも会いたかったひとりである。
「これはかえって好都合ですね。姫神について教えていただかねば」
「それよりもレイさんは? ねえ、タイランさん」
シオリがタイランへと詰め寄った。
見たところここにレイの姿はない。
「……すまん」
「え?」
「あはははは! 黒姫ならとっくにカザロの村よ、お嬢さん」
「カザロだって!」
狼狽するウシツノを見て魔女はより一層、けたたましく笑いだした。
その態度にウシツノの怒りが噴き出す。
シオリもウシツノと同じ気持ちだった。
そんな二人の反応に満足したオーヤは、なだめすかすように二人へ待つよう手で制した。
「そうね……さっきの話の続きをしましょうか。黒姫は他の姫神とは違うという話」
「どういうことです?」
身を乗り出したアカメに、タイランはレイが姫神の力を制御できずに暴走するのではないかと懸念していることを伝えた。
だが魔女はそうはならないと言う。
「黒姫は闇を司る姫神。そこの白姫が光を司るようにね」
「闇を?」
「そう、闇。闇とは恐怖。恐怖は人を狂わせるけど、恐怖は黒姫の力の源泉なのよ」
「恐怖……源泉……」
アカメが一瞬考え込む。そしてすぐに答えを導き出す。
「まさか! 恐怖を与えることで、姫神としての覚醒を促す……」
「あら、カエルの分際で察しがいいわね。その通りよ」
「そんな……レイさんは、あんなにも怯えていた。今でもずっと、つらいのに、怖いのに、それなのに」
シオリの言葉を切るようにオーヤが口をはさむ。
「足りないわ。それだけじゃあ。まだ足りない。あとは拷問でもしてやれば、きっとすぐに覚醒できるでしょうね」
「拷問だって!」
「そんなッ」
ウシツノが声を荒げる。
シオリはレイの身を案じて声が詰まった。
「そのようなことで姫神の力を得られるものかッ」
そう言い放ったウシツノに対してオーヤは悲しそうに首を振った。
「得られるのよ。前例があるのだから。私というね」
「え?」
今度は全員が驚きの表情を見せた。
「私は姫神だった。かつての私はそう、あの娘と同じように黒姫と呼ばれ、そして戦ったのよ。この亜人世界で」