突如現れた黒衣金髪金眼の魔女を前にして、タイランは慎重になった。
恐ろしい相手だという事はウシツノとアカメから聞いている。
まさしく得体の知れない不気味さが感じられた。
「オーヤ! なぜお前がここにいるんだッ」
「あらあら、ピンチを救ってあげようというのに、そういう口のきき方するの?」
薄笑いを浮かべてオーヤがボイドモリをそしる。
怒りに顔を真っ赤に染めるボイドモリの血管が今にもブチ切れそうだ。
「どうやってここへ来た?」
二人のそしり合いの合間を縫って、タイランがオーヤに問いただした。
「どうって?」
「上空から飛んできた気配はなかった。まさか歩いてきたなどとは言うまい? どこから現れた?」
「察しがいいわね。うふ、特別に教えてあげるわ」
オーヤが胸の前に両手で何やら印を結ぶと、彼女の背後の空間にゆっくりと黒い靄が生まれた。
いや、靄ではない。
穴だ。
何もない空中に、光をまるで通さない黒い穴が開いていく。
「ゲートというやつか?」
「あら、博識ね」
「その穴を通じて、一瞬でここに現れたというわけか」
「一瞬、とまではいかないわね。けど大した時間はかからないわ」
「……」
タイランの目が細まった。
「あら。おっかない顔して。考えてること、わかるわよ」
オーヤは楽しそうにほくそ笑む。
「私がいつ、どこから現れるか、油断ならない。ってところかしら」
タイランは何も答えない。
「うふふふ。可愛いわね。特別に教えてあげるわ。どこへでも行けるわけではないの。残念ね」
オーヤは笑顔のまま、トカゲに担がれているレイを見て「実はね……」と続ける。
「ふふ……実は私のゲートはね、黒姫の居る場所へ繋がるように設定してあるのよ」
レイを見て笑うオーヤの姿に、レイ自身うすら寒さを覚えた。
言葉がわからずとも魔女が愉快でないことを言っているのは理解できる。
「黒姫の居る場所に、だと?」
「その娘の体内に私の魔力を満たしたある触媒を植え付けてあるの。私は拠点に定めた場所と黒姫、この二点間を繋げて空間を跳び越える門を開けることができるのよ」
「なんだとォッ」
話を聞いていたボイドモリが激昂する。
「な、ならお前は、わざわざ捜索隊を出さなくとも黒姫の居る所へ瞬時に行けたのか! 我らは無駄に兵を失ったことになるではないかァ」
「あらあら、手柄を立てるチャンスに喜んだんじゃなくて? それに私、疲れてたし」
「キサマァ」
「でも、助けに来てあげたでしょう? ほら」
オーヤは怒りに震えるボイドモリを空中に開けたゲートの前に導く。
「早くこのゲートをくぐりなさい」
「うっ。これを、か?」
「そうよッ」
光すら通さない深い闇の穴を前にして躊躇するボイドモリにオーヤは苛ついた声で答えた。
「待て! 行かせると思うか」
「行かせてくれないかしら?」
タイランのレイピアがオーヤに鋭く斬りかかった。
迫る切っ先を前にして、笑うオーヤの長い金髪がひとりでに蠢きだすとタイランのレイピアの刃先へと絡みついた。
「髪が! 術技かッ」
絡み付いた髪がレイピアを離さない。
がっちりと絡み付き、押しても引いてもびくともしなかった。
さらに別の髪が束になると大きな拳の形にひと纏まりとなり、強烈なパンチがタイランへと繰り出された。
タイランはあっさりとレイピアを手放すと後方へ跳んでパンチを躱し、着地と同時に上空へ跳ぶと急降下しながらオーヤに鋭い蹴りを見舞った。
オーヤも絡み取ったレイピアを放り捨てるとすべての髪を前方へと集める。
集まった髪が瞬時に網目状に編まれ巨大なネットを作り出す。
タイランの蹴りは金髪のネットに威力を殺され跳ね返された。
タイランが離れた位置に着地するとすかさずオーヤが檄を飛ばす。。
「ほら! ぼけっとしてないで、行きなさい」
「え、えぇい、クソッ。まず貴様が行け! 行くんだ」
「ひぃ」
黒い穴に躊躇していたボイドモリはインバブラの首根っこを捕まえると黒い穴に向けて突き飛ばしてしまった。
「うわわわ」
よろけながら飛び込んだインバブラが穴に消える。
それ以上特に何も異常は見られなかった。
「よし、行け!」
続けてインバブラを抑えていた部下が飛び込む。
「次は貴様だ」
次とはレイのことだった。
「行かせん」
今にも穴に引き摺り込まれそうなレイに向かいタイランが走った。
オーヤの金髪の拳がタイランを妨害しようと攻撃してくる。
「あなたこそ行かせないわ」
その拳を躱すもタイランの移動は止められてしまった。
「ンンッ! ンーッ」
レイは激しく暴れて抵抗するが、彼女を抱えたトカゲは止まることなくゲートへと入っていく。
「くっ」
強引に魔女を突き飛ばしてレイの元へと走ったタイランだったが、背後から魔女の金髪が伸びてきて身体中にまとわりついてきた。
「あなたは行かせないと言ったでしょッ」
絡みついた髪が引き絞られると急にタイランの身体が持ち上げられた。
そしてもの凄い力で地面に引き倒されてしまった。
「ンッンーーーーーーー…………」
地面を舐めながら黒い穴を見上げたタイランだが、その時見えたのはゲートに飲み込まれる寸前の、レイの絶望に満ちた顔だった。
黒い穴はレイを飲み干しもう声すらも聞こえない。
「くそッ」
珍しく怒りの感情を吐き捨てるタイランを嘲笑いながら、続けてボイドモリと残った部下がゲートの中へと姿を消した。
途端、穴は瞬く間に閉じて跡形もなくなってしまった。
「任務完了ね」