ボイドモリの逸る気持ちを嘲笑うように、一番の近道とされるルートはそれは険しいものだった。
かなりの頻度で高低差のある岩の道を上り下りし、周囲の木々は無数のツタをからませ、視界もすこぶる悪い。
手空きの部下にしんがりを任せ警戒しているが、幸いにも追手の姿はまだない。
そのため油断していた。
ボイドモリの予想外の奇襲。
まさか追手が上空から飛び込んでくるとは思ってもみなかった。
上空から森の中を移動するトカゲ族を見つけると、タイランは即座に標的目がけて急降下した。
目標は一番図体のデカい緑色の皮膚をしたトカゲ族。
先刻遭遇した際の雰囲気からして奴が上官であるのは確実だった。
ボイドモリがタイランの急接近に気付けたのは奇跡に近かった。
樹上に生い茂る枝葉がへし折れる音とともに近付く殺気を感じ取れたのだ。
咄嗟の判断で前方に転がるようにしたことでタイランの奇襲をかわしすことができた。
この辺りは戦場での経験や勘が鋭く働いた賜物だろう。
二、三度回転してから起き上がったボイドモリは、目の前に赤い鳥騎士が立っているのを確認した。
「貴様! 確かカエルどもと一緒にいたなッ! 何者だ」
「私の名はタイラン。誇り高きクァックジャード騎士団の騎士である」
「騎士だと? 空から奇襲を仕掛けておいて、またずいぶんと誇り高い騎士様がいたものだ」
「か弱き乙女を辱める輩に慈悲などかけん。それだけのこと」
レイは周囲の以上に顔を上げて、ようやくタイランの姿に気がついた。
状況的に見て助けに来てくれたと見て間違いない。
その目に淡い期待が輝いた。
「しかしお前たち、昨晩の私の見立てでは二十匹以上いたはずだが、たったのこれだけか?」
「ぐ……」
ここにいるトカゲ族はボイドモリと部下の三人だけだった。
手下を相当数失ったことはボイドモリの拭えない屈辱なのは確かだ。
そこを開口一番に突かれて返答に窮した。
「フッ、しかも生き残りもみな手負いの様子。勝利はヌマーカ殿の方であったようだ」
「言わせておけばッ」
ボイドモリが残った右手を剣の柄にかける。
「その体で私に挑むか? せっかくヌマーカ殿が見逃してくれた命、無駄にする気か?」
「あの爺は死んだッ。最後は爆弾で自爆して粉微塵になりやがった! 無駄死にだ、勝ったのはオレの方だ」
ぴく、とタイランの右眉が揺れる。
静かな動作でレイピアを構えた。
「それ以上はしゃべらなくていい。耳障りだ」
「なめるなよ。手負いだとてこのボイドモリ、貴様なんぞにッ……」
ボイドモリはセリフを中断せざるを得なかった。
タイランの剣先が鋭くボイドモリの喉元目掛けて突いてきたのだ。
のけぞりながらギリギリでかわして間合いを広げたが、流れ出る冷汗はどうにも止まらない。
恐ろしいまでの剣速にボイドモリは歯噛みした。
「しゃべらなくていい、と言った」
再びタイランがレイピアを構える。
ボイドモリは唸った。
「クソォッ! 怪我さえなければッ」
「手助けしてあげましょうか?」
「何? お、お前はッ」
ボイドモリが声のした方を振り仰ぐと、空中に突如、全身にぴっちりとした黒のレザースーツにマント、長く流れる金髪の女が姿を現した。
タイランはその女を見てひとつの解を得る。
「そうか。貴様がウシツノたちの言っていた、魔女か」
「はじめまして、騎士さま」
魔女オーヤの登場にレイの目が大きく見開かれる。
その目には明らかに恐怖を称えていた。