【第32話】最期の望み

 ウシツノたちが野営地に戻るも、シオリとレイの姿は見当たらなかった。

「くそ、トカゲどもに伏兵がいたなんて!」
「いや、あのトカゲのかしら、それほど頭が回るようには見えなかったが」

 ウシツノの悔恨にタイロンが異議を唱える。

「タイランさんの言う通りです。これはトカゲどもの仕業ではないかもしれません」

 アカメがランタンに火を灯し、周囲を見ながら答えた。

「本当か?」
「ええ、周りの地面をよく見てください。トカゲどもの足跡はひとつも見当たりません」
「確かにな」

 ウシツノとタイランが周囲を見回してみる。
 地面にはシオリとレイが抵抗したと思しき荒れた跡は見て取れたが、近づいたであろうトカゲの足跡はひとつも見られなかった。

「では一体?」
「連れ去られた足跡がないのですから、敵は空を飛んで現れたと考えてはどうでしょう?」

 そう言ったアカメの目はタイランを探るように見ていた。

「……」
「お前、タイラン殿を疑っているのか?」

 ハッとしてウシツノが緊張した声でアカメの肩を揺すった。
 だが当のアカメは首を横に振って否定の意を表す。

「いいえ、このうっそうとした森の中で鳥人族バードマンが自在に飛行できるとは考えられません」
「なら……」
「敵の正体はわかりません。しかし敵は樹上を移動していると考えるべきです」
「樹上?」

 ウシツノは葉の生い茂る木々の闇を凝視した。
 だがそこに何の痕跡も見出せずにいると、

「木々を伝って娘らを連れ去ったというわけか。その何者かは」

 タイランの言葉にアカメが首を縦に振る。

「一刻を争います。敵の正体がわかりませんからね。お二人の身の安全を保障できません。すぐに探し出さないと」
「トカゲよりも先にのう」

 そこへヌマーカが遅れて戻ってきた。

「事態は急を要しますぞ。トカゲどもの相手はワシに任せて、娘たちを」
「ヌマーカ!」
「ウシツノ様。お二人を守るとお誓いなさったでしょう。あの娘たちこそ、今や我々にとっての希望ですからの」
「それはそうだが」
「なら早う行きなされ」

 これ以上は時間の無駄だと、ヌマーカはウシツノに背を向けた。
 こうして顔を隠すとき、ヌマーカは一切の意見を聞き入れないことをウシツノは思い出す。

「わかった。すぐに見つけて戻ってくる。だからヌマーカ……」
「平気ですじゃ。あの程度の数のトカゲなんぞ。さ、お早く!」

 クナイを両手に握りしめ、ヌマーカはみなを急かした。

「わかった」

 もう何も言わずにウシツノは走りだし、そのあとをアカメも追った。
 ヌマーカはそれをじっと見送り、そしてタイランの方を向いた。
 目が合い、タイランは察した。

「ワシの、最期の望みを聞いてくださるか? タイラン殿」
「……うかがいます」
「あの者らを導いてくだされ。あれらはまだ若く、世界を知らなんだ」
「ご自分でなさるべきだ」
「そうしたいと思っとった。じゃが、ワシはいささか疲れた。お主に頼むのが最善だと思うたんじゃ」
「あなたがいなくては、水仙郷とやらへはたどり着けぬとおっしゃった」
「すまん……あれはウソじゃ。お主の剣先を鈍らせてやろうとな、ハッタリじゃよ。道ならアカメが知っておる」

 悪びれた様子も見せずにヌマーカはそう言って笑った。

「フフフ。あなたという人は」 

 釣られたタイランの笑い声と同時に、近くにまで迫ったトカゲたちの怒号も聞こえてきた。

「最期に笑ったお主が見れてよかったわい。さ、行ってくれ」

 タイランは細剣レイピアを抜き、ヌマーカの背に向けて騎士の敬礼をした。
 それは最上の敬意の表われであった。
 そのままタイランは音もなく、赤い風となってその場から離れた。
 ひとりになったヌマーカは、心がはやるのを自覚していた。
 まるで子供がひとり、山に虫捕りに行く朝を迎えた日のような心持ちだ。

「やれやれ、死地を目の前にして人生最良の友と出会えたとはのう。カカカカ……」

 さも楽しげに、ヌマーカは近づくトカゲどもの気配に神経を注いだ。
 間もなくそこに、ボイドモリ率いるトカゲ族の精鋭どもが押し寄せてきた。

※この作品は小説投稿サイト「小説家になろう」先行掲載、鋭意連載中、「ノベルアッププラス」には467話(更新停止)まで掲載されています。

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