【第30話】一触即発

 昼に小一時間ほどの休憩をはさみ、一行は強行軍を続行した。
 霧雨とぬかるんだ地面、そしてけたたましいセミの鳴き声に、一行は大幅に体力を奪われることになってしまった。
 あまり距離を稼ぐこともできないまま、やがて日は沈み、うっそうとした木々と淀んだ沼のほとりで一晩を明かすことになった。

「うへえ。今夜はここで野宿かい」

 インバブラが愚痴りながらへたり込む。
 アカメは荷物を降ろし、ランタンに火を灯す。
 ウシツノは周囲を確認しつつ、食事の用意に取り掛かる。
 シオリとレイは水筒の水を飲み干し、手拭いで汗を拭きとっていた。

 ヌマーカとタイランは周囲を巡りながら枯れた枝を探し、拾い集めていた。

「ふむ。沼の周りはうっそうとした木々が生い茂るのみ、か」
「そうじゃのお」

 ヌマーカは何本ものツタを切って束ねている。

「ま、雨は止んでくれたし、そう悪いことばかりでもないかの」
「まったく」
「……のう、タイラン殿」
「なんです?」
「アユミ……とは、何のことかのう?」
「…………!?」
「昨夜の火線の迸り、それを見てお主がつぶやいたのだが」

 押し黙るタイランと、しゃがんだままツタを束ねるヌマーカの間に沈黙が流れる。

「……タイラン殿。お主が何らかの密命を受けて、この地に来ていることは承知しておる。クァックジャードは各地の調停を担う存在でもあるしのう」
「……」
「正直ワシらは多くを失ってしもうた。ウシツノ様やアカメといった若い衆にはまだ未来があるがな」

 そう言いつつ、ヌマーカは懐に手を差し入れ、タイランを背中越しに見やる。
 タイランは黙して語らず。ただじっと、ヌマーカの挙動に注視している。

「お主は強い。ワシよりもはるかにの。そして騎士道を重んじる心がよう見える。平時に出会ったならば、きっと良き友となれたことだろう」
「……」
「話してはくれぬか……でなければこれ以上、お主を連れて行くわけにはいかぬ」

 ヌマーカが懐に手を入れたまま立ち上がる。
 タイランも手に持つ枝の束を地にばらまく。

「断っておくが、水仙郷へのルートはワシしか知らぬ。ワシなしで追手から逃げ切るのは難しいぞ」
「……」
「…………やむなしか」

 ヌマーカが懐中で握りしめた得物を抜き出そうとした時だ。

「あ、いたいたー」
「む」
「ッ」

 一触即発の場にのんきに入ってきたのはシオリだった。

「二人とも遅いから様子を見に来ちゃいました~」
「……」
「……」
「あ、枯れ枝いっぱい落ちてる。持っていきますね~」

 シオリはタイランの足元に散らばる枯れ枝を拾い集める。

「よし。じゃあ先に行きますよ。早く戻ってくださいね。アカメさんが心配してましたから」

 そう言って皆の元へと歩きだしたシオリが不意に振り返る。

「て言っても私の言葉、通じないんでしたっけ。えへへ」

 そう笑顔を残して行ってしまった。
 タイランとヌマーカはその間、一言も発しなかった。
 シオリのニホン語は何ひとつわからなかったが、その雰囲気に見事に毒気を抜かれてしまったのだ。

「フ、フフフ。不思議な娘だ。あの娘といい、アユミといい……」
「ほっ」

 ヌマーカはタイランの笑うところを初めて見た気がした。
 やはりこやつ個人はそう悪人でもなさそうだ。
 それがヌマーカのタイランに対する評価だった。

「ヌマーカ殿。確かに私はある密命を受けている。今はそれがなんなのか、お教えすることはできぬが、悪いようにはしない。信じてほしい」

 真摯な瞳でタイランはそう語る。
 ヌマーカは懐に入れていた手を抜き、脱力する。

「ふう~。腹が減ったわい。すきっ腹で命のやり取りはしとうないからのう」

 ヌマーカもシオリの後を追って歩き出す。

「あれでウシツノ様は料理が好きでのう。きっとそれなりのものを作ってくれるぞい」

 カカカとヌマーカは笑う。

「フッ……それは楽しみですな」

 タイランも後について歩き出した。

※この作品は小説投稿サイト「小説家になろう」先行掲載、鋭意連載中、「ノベルアッププラス」には467話(更新停止)まで掲載されています。

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