【第28話】水仙郷へ

 シオリとレイが外に出た時、不審者はすでにヌマーカとウシツノに取り押さえられていた。

「いててててて! 離せっての!!」
「おや、あなたはインバブラさんではないですか?」
「なんだと?」
「む、まさしく。インバブラじゃな。キサマ生きておったんか」

 アカメの指摘でウシツノに抑え込まれていたインバブラは自由の身となった。

「危ないところじゃったな。もうすぐでお主のノドを掻っ切ってしまうところじゃった」

 カカカと笑うヌマーカであったが、どこまで冗談かはわからない。

「いてて。まったくアマンといいお前らといい、ひでえ奴らだぜ」

 悪態をつきながら立ち上がるインバブラにウシツノが詰め寄る。

「アマンに会ったのか?」
「あ? ああ、会ったぜ」
「どこで」
「む、村でさ。あぶねえところを助けてやったんだ。オレ様が」

 事実は逆である。

「それで、アマンはどうした」
「残ってるよ。村に。いや、オレ様はちゃんと反対したぜ。逃げなきゃダメだってな。けどあいつ、ドラゴンだかニンゲンだかを見に行くっつってな」
「ドラゴン?」
「ニンゲン!」

 ウシツノとアカメがそれぞれ反応する。

「なんだそれは?」
「知らねーぜ! 突然村に現れてよ、あちこち大爆発だぜ」

 ヌマーカは昨夜見た火線の迸りを思い出していた。
 あれがドラゴン、もしくはドラゴンのようなニンゲンであったのでは。
 そう思い、さりげなく洞窟の入り口に立つタイランの姿を盗み見した。
 静かに立つタイランからは何の感情も読み取れない。

「それから二つ、伝言があるぜ」
「なんだ?」
「ひとつはここに敵が来るから、すぐに逃げろだと」
「ここに? もう場所が知られたのか」
「あ、ああ。まあそうみたいだな。で、ふたつ目だが」

 汗をぬぐいながら話すインバブラだが、その汗は暑さからくるものばかりではなかった。

「アマンが言ってたぜ。自分のことは待たずにそこをすぐに離れろってな」
「なに」

 ウシツノは半信半疑だったが、アカメは納得した。

「ここに敵が来るとわかった以上長居はできません。アマンさんはそう言っておられるのでしょう」
「だと思うぜぇ」

 インバブラが同意する。

「アマン……」
「しかしこの場所が割れるのがこうも早いとはのう」

 ヌマーカのセリフを聞きインバブラはそっと目をそらす。
 実際、命惜しさにこの場所を真っ先にトカゲどもに話したのはインバブラなのであった。
 もっとも、自分の命が一番大事な彼に罪の意識はなかったが。

(ま、こいつらにあえて言うことでもないしな)

 彼はそう思い、話題を逸らすことにした。

「あ、そうだ! もうひとつ伝言あったぜ」

 インバブラはわざとらしく大声を出しながら、背中に負った刀をウシツノに渡す。

「形見だってよ」
「これは」

 ウシツノはその刀を、父の愛刀〈自来也〉を握りしめた。

「親父……」
「お館様」

 ウシツノとヌマーカの気落ちをよそに、インバブラはアカメに近寄る。

「で、これからどうすんだ?」
「ここにいては危険です。アマンさんの忠告に従い、すぐに離れるべきでしょう」
「どこへだい?」
水仙郷すいせんごうじゃ」

 その質問にはヌマーカが答えた。

「水仙郷へ向かう。お館様の指示じゃ」
「長老の?」
「うむ。支度をしろ。半刻後には出発じゃ」

 水仙郷。
 そこは水と緑のとても美しい場所。
 そこに住む水精ウンディーネはとても美しい者たちばかりで、力は弱いのだが自然を知る偉大な種族である。
 カザロ村の長老にして水虎将軍とうたわれた大クランとの深い縁があるらしく、大戦終結後からの三十年間、カエル族とは友好な関係を築いている。

「ひとまずはそこへ行き、身を隠そうと思います」

 アカメがシオリとレイに説明する。

「水仙郷? 水の妖精が住んでるの?」
「そうです」
「すっごおい。おとぎの国みたいだね」

 シオリは素直にはしゃいでいるようだ。
 レイは隣で弱りきった笑顔を見せている。

「よかった。お二人とも少し元気が出てきたようですね」
「なあ、アカメ」
「なんです、インバブラさん」

 すでにインバブラの手には備蓄庫に置いてあった酒瓶が握られている。
 さっそく飲んでいるようだ。
 アカメが顔をしかめる。

「アカメよお。あの二人がニンゲンなのか? オレ様は初めて見るぜ」
「ええ、そうです。それもただのニンゲンではありません。異世界からやってきたのですよ」
「異世界? てことはよ、東の大陸を支配しているニンゲンどもとはまた違うってことか?」
「でしょうね。白姫、黒姫というワードも気になります。彼女らに課せられた使命とはなんなのか」

 アカメは自分の思考の世界に入り込んでしまったようだ。
 インバブラはそこまでの興味を持っていなかった。
 村が襲撃され、命からがら何とか生き延びたのだ。
 成り行き上こいつらと同行する以外にないが、何かおいしい話があればすぐにトンズラするつもりでいた。

 千鳥足で部屋を出ていくインバブラと入れ違いでヌマーカとウシツノが入ってくる。
 二人とも装備が整っていた。
 ウシツノは小手に具足、胴回りを身に着け〈自来也〉を背負っている。
 ヌマーカもより軽装ではあるが、黒い装束に身を包み、おそらくさまざまな隠し武器を携行している事だろう。

「準備はいいかね」

 ヌマーカの問いに一同が頷く。

「ウシツノ様も」
「大丈夫だ、問題ない」

 そう言ってシオリとレイの前に立つ。

「これはオレに与えられた天命だと思うことにした。村を守ることはできなかったが、お主たち二人のことは必ず守ってみせる」

 アカメの通訳でシオリとレイはびっくりしたようだ。
 その表情を見てウシツノも赤ら顔になる。

「照れるなら言わねばよろしいでしょうに」
「う、うるさい。こういうのはケジメとしてだな」

 ヌマーカの茶々入れに反論するウシツノだったが、シオリとレイの返答に身を引き締める。

「ありがとう」
「ありがとうございます」

 洞窟の外に出たインバブラは、少し離れた岩場に赤い騎士がいるのを確認した。

(こそこそと何してんだ?)

 インバブラが見つからないように離れた位置で見ていると、タイランが一羽のハトを空に向かって放るところだった。

(伝書鳩……か)

 こいつはまた、なにかありそうだな。
 インバブラはそう思ったが、あえてアカメやウシツノに報告するつもりはなかった。

(オレ様は誰の味方でもないんでね)

 やがて奥からぞろぞろと一行が出てくる。
 振り向けば赤い騎士様もこちらへやってくる。

(雨は小降りになってきたか)

 朝から続いていた大雨はこの時間になって弱まってきたようだ。

「行こう。水仙郷へ」

 ウシツノの号令で一行は出発する。
 水仙郷へはゴズ連山を左手に見ながら東へ伸びる峠道を進むことになる。
 いくつかの峠を越える必要があり、その道は険しい。
 そして、この道は普段、生けるものが通らない道。

(はたして無事にたどり着けるかどうか)

 その不安をヌマーカは決して口にはすまいと決めた。

※この作品は小説投稿サイト「小説家になろう」先行掲載、鋭意連載中、「ノベルアッププラス」には467話(更新停止)まで掲載されています。

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