目が覚めた。
レイは何かが体にまとわりついている感触に、一瞬声を上げそうになった。
温かい、優しさに包まれたぬくもりを感じる。
首筋にあたるその人の寝息がくすぐったい。
見ると自分よりも年若い女の子が、隣で静かな寝息をたてていた。
どうしていいかわからず、しばらくそのままじっとしている。
「え、っと……」
じっとしたまま、今に至る状況を思い出そうとする。
今となっては数日前、私はトカゲ人間たちの虜囚として、鎖でつながれていたんだ。
トカゲ人間たちは恐ろしく、そして荒っぽかった。
その中にトカゲじゃない、人間の女の人がひとりだけいた。
きれいな金髪と恐ろしい金色の瞳。
黒いマントに黒い、あれはキャットスーツっていうのかな。ネットで観たことある。
恥ずかしくて、私はあんな恰好できないけど。
でも、この女の人も、怖かった。
言葉も通じなかったし、トカゲ人間たちと一緒になって私を苦しめた。
そうしてレイは恐怖で何も考えられなくなってしまった。
あれから何日たったのか、ここがどこなのか、そして自分はなんなのか。
レイは自分がとっくに死んでしまっているのだと、そう思うようになった。
そう思うのが一番、心の負担が少なく済むようであったからだ。
それからのことはよくわからない。
何も見ず、何も考えないようにしていた。
最後に覚えているのは、水の中を揺蕩う感覚だけだった。
思い出すうちに恐怖がよみがえり、がたがた震えだした。
そのせいか、隣で寝ていた女の子が目を覚ましてしまった。
もぞもぞと動き出し、そしてむくりと起き上がる。
そのゆっくりとした、一連の動作をレイはじっと見ていた。
そのレイと目があって、彼女は一言、こう言った。
「おはよう」
思いがけず、レイはすぐに反応できなかった。
「ん、どうしたの?」
目の前の彼女に言われようやく自分でも気が付いた。
ボロボロと涙がこぼれている。
涙でどんどん彼女の顔がにじんでいく。
「ふ、ふぇ~~~~~ん」
「ちょ、え、どこか痛い? ねえ」
「ちが、ちが……」
「どうかしましたか!」
その時バターンと大きな音を立てて扉が開かれた。
何事かと、隣の部屋からウシツノとアカメが飛び込んできたのだ。
「え?」
「え?」
アカメとシオリの目が合い、お互いが硬直する。
「きゃあ、ちょっとぉーッ!」
「は、はい? なんです?」
「いいから出てってよぉ! ばかー」
「わわわ、わかりました! わかりましたよ」
慌ててウシツノとアカメが部屋を出ていく。
バタンッ! と勢いよく閉まった扉を背に、ウシツノとアカメが顔を見合わせる。
「アカメよ。シオリ殿はなぜあんなに怒っていたのだ?」
「わかりません。が、おそらく我々はニンゲンにとっての何かしら、禁忌を犯したんだと思われます」
「どんなタブーだ? 本には書いてなかったのか?」
「はあ。面目ないです」
「んもう。カエルとはいえ、寝起きの下着姿を見られるなんて恥ずかしいよね」
「カ、カエル、なの?」
「うん。どういうわけか、ここはカエルさんの国みたいなの。気づいたらこの世界にいたんだ、私」
「あ、日本語!」
「え? ああ、そうなのそうなの。カエルさんたちの言葉はわからないんだけど、今のアカメさんていうカエルさんだけは日本語が通じるの」
少し考えてからシオリが尋ねる。
「そだ! 私はシオリ。あなたは?」
「私は……レイ」
「レイさんか。あの、変なこと聞いていい?」
「なんですか」
「レイさんて、どこから来たんですか」
「どこって……」
押し黙るレイに向かってシオリは畳み掛けるように質問する。
「レイさんの名字はなんていうんですか? ここに来る前、何をしていたか覚えてますか?」
「私は…………」
シオリはレイが答えるのを辛抱強く待った。だが、
「覚えてない。私……」
「やっぱり」
シオリはその答えを予想していたようだ。
「私、てっきりもう死んでるのかと。そう考えるのが一番しっくりくるような気がして」
「そんなことないですよ。私もレイさんも生きてます。ここは日本じゃないし、もしかしたら私たちの世界とは違う世界かもしれないけど、でも生きてるんですよ。死んでないです」
「生きてる……」
「どういうわけか記憶のあちこちが抜け落ちてるみたいだけど、それもそのうちきっと思い出せますよ」
(ああ、この子は強いんだ)
「だからがんばって、一緒に日本に帰る方法を探しましょう。ね、レイさん」
(私とは違う。この子は強い。たぶん私よりも若いのに)
だが、レイの肩を抑えるシオリの手が、かすかに震えていることに今更ながら気が付いた。
(ちがうわ。この子は強いんじゃない。強くあろうとしているんだ)
お互いが向き合うように座り、レイは自分の肩に置かれたシオリの、その震える手を取り、そっと両手で握りしめた。
シオリの顔をじっと見つめる。
その表情からは不安の色が見て取れた。
(私、しっかりしなくちゃ)
「シオリ……さん」
「はい」
「がんばろ」
「はい!」
コンコン、と扉をノックする音がする。
「シオリさん。アカメです。今後について話したいのですが、よろしいでしょうか」
シオリとレイは顔を見合すと大きく頷いた。