アマンを見送った後、二匹のカエルとひとりの少女も移動を開始した。
目指すアメの洞窟は、同じこのゴズ連山の深く生い茂った森の中にある。
もともとは天然の洞窟であったのだが、一年を通して涼気を保ち、なおかつ周辺には無用な旅人なども現れない僻地のため、都合よく有事の際の避難場所として手入れされていたのだ。
時刻はそろそろ日付が変わる頃合い。
不安と緊張、それに疲労もある。
そのためか普段よりずっと歩く速度も遅い。
山道に慣れていないのも原因だ。
シオリのみならずアカメもこれほど一日で歩き回ったことはなかった。
「もうすぐだ。がんばってくれ」
先頭を歩くウシツノは後ろの一匹とひとりに励ましの声をかける。
返事はなく、どちらも無言で歩き続けた。
(アカメが通訳してくれねば、あの娘には伝わらないのだがな)
ふぅ、とため息をつきながら、ウシツノは手に提げ持ったカンテラの明かりで前方を照らした。
(あった。あそこだ)
暗闇の中にぽっかりと空いた穴が見えた。
星の明かりも届かない暗闇の中、足元の茂みを掻き分けながら真っ直ぐに進む。
洞窟を見つけた安堵感に引っ張られ、ウシツノはそれまでまったく気付けなかった。
「ん?」
踏み出した右足の脛にピンと張られたヒモが引っ掛かったのだ。
「どうしました?」
「しまった……引っかかった」
「はい?」
「きゃ」
アカメの背後でシオリの小さな悲鳴が聞こえた。
「ッ!」
二匹が振り向くと、何者かにシオリは口元を手で押さえられ、喉元に短刀を突き付けられていた。
慌てたウシツノが腰のだんびらを抜こうとしたが、その手にビシッとはたかれた衝撃が走る。
「痛ッ」
驚くウシツノの目の前に細剣の切っ先があった。
「動くな。次は斬るぞ」
声の主を見上げた。
地面に落としたカンテラの明かりがそいつの姿を映しだす。
「何者だ……」
「……」
全身が赤い。
赤い旅人帽に赤いマント、がっしりとした体格を覆うものすべてが赤い。
その時シオリを抑え込んでいた老人が声を出した。
「ウシツノ様! ご無事でしたかッ」
襲撃者は老戦士ヌマーカと赤い騎士タイランであった。
事情を察したようでタイランもレイピアを納める。
背中に一筋の汗が流れたことを気にしつつも、ウシツノは老人の声に意識を振り替えた。
「ヌマーカか。無事なんだな」
「はいウシツノ様。洞窟内に繋げた鳴子板が鳴りましたので敵かと慌てましたぞ」
先程引っかけたヒモのことだろう。
「いけませんぞウシツノ様。非常時は常に周囲の警戒を怠ってはなりません」
「面目ない。アマンならそんなヘマはしなかったろうな」
「そういえばアマンの姿が見えませんな。まさか」
「いや、そうではない。あいつは単独で村の様子を探りに行った。明日の夜半までにここで合流する約束をしている」
「なんと無茶な」
「アマンなら大丈夫だ。それより」
ウシツノはそばに立つ赤い鳥を見る。
「うむ。私の名はタイラン。誉れ高きクァックジャード騎士団の騎士である」
「クァックジャードですって?」
アカメが驚く。
「そうなのじゃ。危ないところを助太刀いただいての。ともにこのアメの洞窟まで避難してきたのじゃ」
「しかしこれは驚きましたな、ご老人」
「そうじゃのお」
タイランとヌマーカが同じ方を見つめる。
「なんのことだ? ヌマーカ」
ふたりは今しがた人質に取った少女を凝視していた。
突然短刀を突きつけられ、新たに登場した二人の存在に、シオリはまたしても不安を掻き立てられていた。
「またしてもニンゲン」
「そうじゃな」
二人のセリフにアカメが眉をしかめる。
「どういうことです?」
「お館様がおっしゃっておられた。ウシツノ様たちは白角の舞台で何かを得たはずだと。そしておそらく、それが今回の襲撃の理由であろうと」
「親父が?」
「まさかそれが、二人目のニンゲンであったとは」
「二人目だって?」
今度はアカメとウシツノが驚く番だった。
「も、もうひとりおるのか? ニンゲンが?」
「はい。今は中で眠っております。ちと衰弱しておりましてな」
アカメがシオリにそのことを通訳する。
シオリも驚いているようだ。
「とりあえず中へ入りましょう。ここは安全だとは思いますが」
そう言ってヌマーカは一行を中へ招き入れようとする。
「待て、ヌマーカ。その前に親父は? 村はどうなった?」
老人の足がピタリと止まった。
背を向けたまま小さな声で一言だけ。
「申し訳ございませぬ……」
とつぶやいた。
ウシツノはそれで理解した。