【第13話】アマンの提案

 白角しらつのの舞台が地すべりを起こし、恐ろしき黒革の魔女が呑み込まれた後、アマン、ウシツノ、アカメ、シオリの三匹と一人は慎重に山を下りることにした。
 あの白い剣を持ち帰ろうとウシツノが担ぎ上げてみたものの、負傷した右肩の痛みにえらく苦労した。
 見た目に反して超重量級のこの剣を、村まで担いで帰る自信は他の誰にもなかった。
 まさか本の虫のアカメに持てるわけもなく、軽快なアマンは周囲の警戒を買って出ている以上、力自慢のウシツノ以外にいなかったのだ。

「とはいえ……クッ」

 数メートル歩いたところで途方に暮れたウシツノだが、あろうことか、シオリがその剣を握ると嘘みたいに軽々と持ち上げてしまった。

「これは興味深い。その剣は正真正銘、シオリさんのモノ、というわけなんですねえ」

 どんな魔法の力が働いて、持主だけに重さを感じさせないのだろうか。
 とまれこの苦しい状況の中、ウシツノにとっては小さな朗報と言えた。
 ただ刃の長さだけで二百センチ近くもある、まるで巨人のためのような武器である。
 身長よりも長い剣だ。
 抜き身で持ち歩くのはあまりに危険と、アカメはリュックから敷布を出し、剣全体を覆うように巻きつけた。

「おい、急ごうぜ。他にも誰か潜んでるかもしれねえだろ」
「そうだ。村も心配だ」

 アマンとウシツノに急かされて、アカメとシオリも急ぎ足になる。
 アマンは他にも、と言ったが、それ以上に不安を掻き立てられるのは魔女だ。
 さすがに無事では済まないと思うが、再び目の前に現れないとも限らない。
 常に意見の割れる三匹なのだが、この場を一刻も早く離れるべき、との見解で見事一致した。

「とはいえだ。アカメの意見には賛同しかねるな」

 下山後の行動で意見が割れていた。
 ウシツノは黒煙の見えたカザロ村へ早く戻るべきだと訴えた。
 それに対しアカメは反対した。
 黒煙はすでに消えている。
 村の騒動はひと段落ついたと思われる。
 あの魔女が言うには、トカゲ族リザードマン率いるモロク王の襲撃によるらしい。
 となれば状況も見極めずにのこのこ村に近付くのは危険だと考える。

「ではお主は村の者たちを見捨てるというのか? まさに今、助けを求めているかもしれないんだぞ」
「ウシツノ殿のお気持ちはわかります。ですが冷静になってください。あなたおひとりで村へ向かっても、捕虜が一人増えるだけです」
「ぐ、ぬう」
「いいですか。まずは状況の確認が先決です。これは絶対です。敵戦力の規模と目的。それから……」

 少し言いよどんでからアカメは続けた。

「それから、村の生き残りの人数と居場所です」

 しばしの沈黙が流れた。
 どの方面から探ってみても、明るい材料を見出せない。

「よし、じゃあこうしようッ」

 パン、と手を叩いてアマンが注目を集める。

「まずはアメの洞窟へ行こう。あの洞窟は山の中だ。場所もわかりにくいから、敵だってすぐには来ないだろう。確かあそこには緊急時に備えて武器や食料の備蓄がされてたよな」
「ああ、そうだ。倉庫として洞窟の一角を使用している」
「長老はこういう時が来ることを予期してらっしゃったのですかね?」

 珍しく大人しいと思えば、彼なりにどうやら色々と思考していたようだ。
 出てきた回答はなかなかに理に叶っていた。
 アカメの疑問には答えずに、アマンはさらに続けた。

「んで、だ。お前らとニンゲンはそこで身を隠しとけ。オレが村へ偵察に行ってくっからよ」
「なんだとッ! お前ひとりでか、アマン」
「それは危険すぎます! わたしがさっき言ったばかりでしょう」
「どのみち状況がわかんねえことには始まらねえだろ。大丈夫だよ。オレひとりならどうとでもなるって」
「しかし」

 長老の息子として、ウシツノはアマンにそのような危険な任務を与えたくなかった。

「やはり危険すぎる」
「これが一番いい手だって」
「それならオレが行く! オレが直接村の様子を見てくる」

 勢い込むウシツノだが、それは制したのはアカメだった。

「確証はありませんがウシツノ殿、敵の狙いはおそらくシオリさんです。ならばあなたが護衛についていた方がよろしいと思います」
「む」

 少し離れた位置でたたずむシオリをウシツノはチラリと盗み見た。
 言葉を理解できないもどかしさと不安が表情に現れている。

「そうそう。旦那はあの娘を護ってやっててくれって。それに偵察なら足の速いオレの方が適任だろ」
「そんなことはない」
「逃げ足のことだぜぇ」

 意地悪な笑みを浮かべるアマンにウシツノは返す言葉が出なかった。

「とにかく、旦那は待機だ。次期長老さんなんだからよ」

 これ以上の反論は無駄と知ったウシツノは、渋々ながらも二人の意見に従うことにした。

「アマン、約束してくれ」
「危ねえ橋は渡らねえ。状況を見てくるだけに専念する。これでいいか?」
「ああ」

 山道が二手に分かれた場所へと着いた。

「そんじゃ、オレはあっち。お前らはそっちだな」

 下山する道をアマンが下り始める。
 ウシツノとアカメ、シオリが行くのは緑の深い山の中の道だ。
 少し歩いてアマンが振り返った。

「明日の夜までにはアメの洞窟へ向かうからなぁ」
「それまでにアマンさんが来られなかった場合、我々は次の行動に移らせてもらいますからね」
「おい、アカメ……」
「りょーかい」
「っておい、アマン」

 なぜ二人ともそう割り切っていられるのだ。
 ウシツノはアカメとアマンが恨めしく思えてならなかった。

「頼んだぜぇ、旦那ァ」

 努めて明るい声でアマンがウシツノに声をかけた。
 なにやら二度と、その声が聞けないような気がしてしまった。
 それでウシツノの腹も決まった。

「おう、任せろ」

 小さくなるアマンの背中に向けて力強く応えて見せた。

 そうして一行は、二手に別れることになった。

※この作品は小説投稿サイト「小説家になろう」先行掲載、鋭意連載中、「ノベルアッププラス」には467話(更新停止)まで掲載されています。

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