
瀬々良木マユミは目を覚ますと、見覚えのない森の中にいた。
マユミはとても小柄な女性で、ライトブラウンの髪をポニーテールにしている。
くるぶしまで届くグレーのワンピースの上に黒いライダースジャケットを羽織り、足元も黒のショートブーツでキメている。
とても愛くるしい顔立ちで、二十四歳という年齢だが、なんとも可愛らしさに満ちていた。
そんなマユミが見知らぬ森の中、地面がむき出しの道端で、ぽかんと口をあけて呆けていた。
身に起きたことが何もわからなかったのだ。
「ここ、どこかしら?」
買い物に出かけたのは覚えている。
新しい服を買いに行こうと思ったのだ。
電車に乗って都心に出るつもりだった。
ところが最近の疲れが溜まっていたのだろう。
座席に座るとぬくぬくとした心地よさに、ついつい眠り込んでしまった。
目覚めたら、森の中である。
「どういうこと?」
順を追ってこれまでの事を思い返そうとした。
「?」
しかし、不思議なことに何も思い出せない。
「あれ? 私、普段何してるんだっけ? 住所は? 家族は? 彼氏は……いたかな? ……あれ? あれあれ?」
仕事は、してたと思う。
家族はいた、よね?
「なんだろう? なにか、とても大切な人がいた気がするのに思い出せない。かけがえのない、誰か……誰だっけ」
ふと、マユミは自分が何かを握りしめていることに気がついた。
「なんだろう、これ」
それは少し変わった形をしていたが、見るからに鞭であった。
持ち手と先っちょを持って両手を広げてみる。
だらんと長い鞭が地面にまで垂れ下がった。
「ムチだ。も、もしかして私、これを使う仕事、ってこと?」
マユミの顔が困惑でひきつる。
「でもこれ、変わった形してるなあ」
その鞭はよく見る革製ではなく、ワイヤーのような硬い材質でできていた。
握りしめる柄の部分には細かな装飾が施されており、一見高価そうに見える。
「ま、いいか。とりあえず何処かお店ないかな? サイアク自販機でもいいけど。なんか飲みたい」
マユミは鞭を手にしたまま、とぼとぼと森の中を歩き始めた。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
1時間ぐらいさまよっただろうか。
変わり映えしない景色の中を歩いていると、唐突に数人の人だかりに遭遇した。
ここまで人とすれ違うこともなかったので、嬉しくなり近寄ってみる。
大きな二頭立ての馬車がひとつと、その周りに数人の女性がいた。
最初キャンプに来ている人たちと思ったマユミだったが、近付いてみるとそうではなかった。
というのも、その女性たちは人里離れた森の中だというのに全員レザーで露出の高い衣装を着ていたからだ。
「わ! なんかのコスプレかな?」
思わず出たマユミの声に全員が振り向いた。
マユミは驚いた。
全員が色白で髪もきれいな美人ぞろいだからだ。
北欧系の雰囲気を感じさせる彼女たちの耳は全員、先のとがった長い形をしていた。
「なんのキャラですか?」
場違いとは知りつつも怪しい者ではない印象を与えるために問いかけてみた。
彼女らがこちらを振り向いたことでその後ろの馬車がよく見えるようになった。
「えっ」
それは馬車というよりは檻と呼ぶべきものだった。
二頭の馬が引いていたのは、鉄格子に車輪の付いた大きな檻。
その中に数人の若い女性が押し込められていた。
皆、白い法衣のようなものを着ている。
「あ、あの、撮影……ですよね?」
なんとなくただならぬ雰囲気を感じ、マユミは恐る恐る尋ねてみた。
だが目の前の美人たちはマユミの質問に答えようとはしない。
ささやくように仲間内で言葉を交わしながら何かを確認しあっている。
よく聞き取れなかったが、どうにも日本語ではないようだった。
「あの、すいません。お邪魔みたいだし、行きますね、私……あはは」
ゆっくりと後ずさるマユミだが、すぐに美人たちが行く手をふさいだ。
誰もが小柄なマユミより頭ひとつ分も背が高い。
その彼女らに囲まれると威圧感もすごく感じられた。
「な、なんですか……?」
不安になりながら、マユミは思わず手に持っていた鞭を強く握りしめた。
すると驚いたことに鞭の先端がひとりでに動きだし、バチンッ! と目の前の美人を強く打ち据えたのだ。
「えぇッッッ」
もちろんマユミの意志ではない。
そもそも鞭など一度も振るったことは(おそらく)ないのだ。
しかし周囲の者たちの目つきは険しいものに変わっていた。
マユミはますます訳が分からなくなった。