【第71話】檻の中の女

 マユミの困惑を他所に、鞭は勝手に暴れだした。
 大蛇のごとく蠢いてマユミの周囲の地面を打ちつける。
 まるで鞭それ自体が自我を持って周囲を威嚇しているようだ。
 美人たちは後ずさり、マユミの前方に道が開けた。
 なんだかわからないがマユミはこの場を逃げだすことにした。
 背を向けて来た道を慌てて駆け出す。
 その間も鞭はうなり続け、マユミの後方へ長い軌跡を伸ばし振り回した。

「ちょ、ちょっと落ち着いてェ」

 鞭に声をかけるという何とも滑稽なことではあるが、それが妥当だと思えた。
 鞭のうねりは思った以上に力強く、裾の長いワンピースを着ているマユミは思うように走れない。
 この場を逃げ出すのは危険というより羞恥心によるところが大きかったのだ。
 わざとらしく聞こえようとも鞭に声をかける仕草は仕方なかった。
 だが意外にもマユミの声に反応したのか、鞭の動きがピタリと止んで、静かになった。
 ホッとしたマユミは全力で駆けた。
 一刻もこの場から離れたかった。
 しかし美人のひとりがそばに置かれた物体に飛び乗った。
 物体は直径九〇センチほどの緑色した球体を核として、削りだした木製のフレームが前後に伸びるように組まれていた。
 前方方向に向かって伸びたフレームの先端は左右に分かれ、搭乗者の両手で握られた。
 球体の下方にはステップがあり、美人はそこに足を乗せて何事か操作をしていた。
 中心に緑色の球体、木製のフレームに覆われたバイクのような乗り物だった。
 シートはなく、両腕と両脚を突っ張り、頭を低くして前傾姿勢になる。
 車輪の類は見当たらないが、搭乗者が目を閉じ呪文のような言葉をささやくと、周囲の木々から緑色の光体がひとつ漂ってきた。

「ドライアードッ」

 美人の言葉に反応したその光体が緑色の球体に吸い込まれた。
 

「点火ッ!」

 ドルンッ、ドッドッドッドッド……

 球体が唸りを上げると地上スレスレに浮かび上がり、スピードを上げて逃げるマユミへと疾走した。
 とっくに息の上がり始めたマユミは突然後方から何者かに腰を抱きかかえられ木よりも高い位置まで持ち上げられた。
 低空を滑空するバイクに乗った美人に追いつかれ、捕まったのだ。
 暴れて振りほどくことも考えたが、宙を疾走するこの乗り物から落ちるのは怖かったので、止むをえずジッとした。
 その先は予想通りであった。
 檻の馬車まで連れ戻されると鞭を取り上げられ、抵抗も許されず、マユミは檻の中に入れられてしまった。
 目の前で金属製の重たい錠が掛けられて、マユミは想像以上に気落ちした。
 檻はがっちりと施錠され、自由に出ることはできそうになかった。
 本気で監禁されたことなどなかったし、弁明も釈明も聞いてもらえないのもショックだった。
 というよりも明らかに言葉が通じていないのだ。
 マユミも相手が交わす言葉を全くと言っていいほどに聞き取れていなかった。
 知っている英単語すら出てこないのだ。

 マユミを連れ戻した者がリーダーらしい。
 彼女が号令をかけると馬車がゆっくりと動き出した。
 周囲を随行する美人たちが取り囲んでいる。
 数十人いるその者たちは皆、先程のバイクのような乗り物に乗っていた。

「もぉ、なんなのぉ……」

 格子を掴んで涙目で訴えてみるが外を行く者たちは何の反応も示さなかった。
 ここがどこかもわからないし、この者たちが日本人でないことも明白だった。
 ふざけているのか何かのイベントなのかもわからないが、これがよく聞く差別というものなのだろうか。
 うなだれるマユミに、檻の中にいた女がひとり、近寄って肩に手を置いた。
 振り返ると白い法衣のようなものを着た、清楚な感じの女が心配そうに見つめていた。

「お可哀そうに。大丈夫ですか?」
「え? あ、日本語」

 少し発音に違和感があったが、それは紛れもなく日本語であった。
 女の見た目は黒髪に白い肌、クリっとした目が印象的だがそれ以上に何というか、一言でいえば究極的に優しそう、そんなイメージをもった。
 安心して身をゆだねてしまいたくなるヒト、そんな感じだ。

「やはり。言葉が通じましたね。しかし災難ですわね」
「なにがなんだか……私、もしかして本気で誘拐されてるんでしょうか?」

 今でもイベントのおふざけであってほしいと思っていたが、その期待はだいぶ薄れていた。
 不思議なことが連続して起きていて、これは現実とは思えなくなっていた。
 目の前の女は申し訳なさそうに答えてくれた。

「その通りです。彼女たちはセンリブ森林のエルフ族。私たちエスメラルダの人間をさらう、人さらい集団です」
「人さらい……」

 そんなハッキリ言われるとは思わなかったので、マユミはますます落ち込んでしまった。
 まだ悪夢でも見ているのではないかと疑いもした。
 女はマユミの手を握り励ますように目線を合わせた。

「ええ。でもあなたは酷い目には遭わされないと思いますよ」
「なぜ?」
「おそらくですが、あなたは姫神なのではないでしょうか」
「ひめがみ?」

 聞いたことなかった。
 たぶん人違いだと思った。
 マユミは素直にそう答えた。

「そうですか。でも私の知り合いの姫神も最初は自覚していませんでしたから」

 そうは言われてもマユミはどう反応していいかわからなかった。

「あの、あなたは一体?」
「申し遅れました。わたくしはオールドベリル大聖堂でご奉仕させていただいております、ハナイと申します」 
「はあ」
「ふふ、あなたと同じ、わたくしもエルフにさらわれている最中ですのよ」

 ハナイと名乗った女はにっこりとほほ笑んだ。

※この作品は小説投稿サイト「小説家になろう」にて掲載、鋭意連載中です。

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