【第72話】気怠いエルフの女王

 エルフの集落は森の中にあった。
 建物は多かったが、特徴的なのが大木の幹に沿うように樹上にも多くの家屋が作られている事だ。
 地上の建物は石組でできた物もあったが、樹上はすべて木材家屋だ。
 住人同士が行き来しやすいように木々の間を繋ぐように階段や吊り橋が渡されている。

 マユミを含む虜囚を乗せた檻の馬車が集落の奥へと入りこむと、樹上と言わず、地上と言わず、多くのエルフが見物に姿を見せた。
 長寿を噂されるエルフだけあって、見た目は誰もが若く、また花のように美しい女ばかりだった。
 檻の馬車は最も奥にある大きな木に向かっていた。
 その木はマユミの見たこともないほどに巨大な木だった。
 正確な高さを測ることはできないが、二百メートル近いように見えた。

「でっかいッ、何この木! 六本木ヒルズぐらいあるんじゃない?」

 あまりに大きいその木を見て、マユミは呆気にとられた。

「ロッポンギヒル?」

 横でハナイが小首をかしげる。

「ああ、うん。森タワーって言ってね……」

 マユミはハナイに説明しようと試みたが、その時間はなかった。
 木の直下で馬車が止まり、全員降車を命じられた。
 なかでもマユミとハナイだけが他の者たちと別にされ、大きな木の内部へと連れ込まれた。
 共に檻に入れられていた他の虜囚たちがハナイを心配して抗いだしたが、下手に暴れては危険だからとハナイがそれを諫めた。

「ハナイ様」
「ハナイ様ッ」
「大丈夫ですよ。心配せずに、貴女たちも落ち着いてなさい」

 マユミとハナイは拘束されてはいなかったが、周りを厳重に取り囲まれ、逃げることは現実的ではなかった。
 大きな木の内部は空洞になっており、もの凄い高さのある吹き抜けになっていた。
 奥に座敷のようなしつらえられた空間があり、そこに黒い革の衣服の上に赤い豪奢な着物をまとい、キセルから煙をくゆらせるエルフがいた。
 女王である。

「ト=モ様。ただいま戻りました」

 指揮を執っていたリーダー格のエルフが片膝をつき、座敷の女王にかしこまった。
 女王は口から長くたなびく煙を吐きながらトロンとした目で一行を眺めた。

「おかえりなさい、ユ=メ。首尾は上々なようね」

 気だるげに話すト=モと呼ばれたエルフの女王に見つめられたマユミは、その仕草と雰囲気になんとも言えない気持ちの揺らぎを感じた。

「ト=モ様。こちらはこの者が所持しておりました魔道具でございます」

 ユ=メと呼ばれたリーダー格のエルフが、マユミから取り上げた鞭をト=モに差しだす。
 しばしその鞭を手に取り品定めをすると女王は満足そうにユ=メを労った。

「これはとてつもない収穫ですね。よくやりましたよ、ユ=メ」
「は、はい! ありがとうございます」

 ユ=メは褒められたことで上気した気分を隠そうともせず、意気揚々と御前から数歩下がりまたかしこまった。
 女王は鞭をしげしげと眺め、なにやら思案していた。

「そなた、名はなんという?」

 マユミは明らかに自分に向けて声をかけられたのだと理解したが、エルフの女王が話す言葉を理解できず狼狽した。
 今ト=モが発したのは、東の大陸一帯で広く使われる東方語であったが、当然マユミにわかろうはずがない。
 何か答えなくてはいけないと焦りつつも状況が見えないだけに下手を打つわけにもいかず、マユミは弱りはてた。
 見かねてハナイが日本語で通訳を入れたが、それを咎められることはなかった。

「あ、名前ね。えと、マユミです。瀬々良木マユミ」

 マユミは胸に手を添えて答えた。

「マユミ。この世界に順応していないところを見ると、覚醒はまだのようね」
「覚醒?」

 ハナイに訳してもらいながらも、マユミは意味が分からず首をかしげた。

「こちらへ。いらっしゃい、マユミ」

 マユミはおずおずと女王の前まで行くと、座るように指示された。
 亜麻色の髪に白い肌、細く華奢に見える体を光沢のある華美な着物が包んでいる。
 目線、仕草、匂い、存在そのものにマユミは魅せられた。

(すごく綺麗な人だなあ……信じられない……)

 女王がキセルを吸い、フゥーッと細く息を吐く。
 目前に煙が|揺蕩《たゆた》うのをマユミは不快とは感じなかった。
 むしろこの人の吐く煙を浴びて恍惚とした表情すら見せた。
 煙は晴れず、むしろひと固まりの球体状となってマユミに迫ってきた。
 近付くにつれ、煙が球体になったのではないことがわかる。
 無色透明の球体の周りを煙が覆っていたのだ。

「精神の精霊は色を持たぬゆえ、煙で覆ってやると存在がわかりやすい」

 煙に覆われた球体がマユミの額に届き、霧散した。
 一瞬目を瞑ってしまったマユミに女王の声が聞こえた。

「どうだ? わらわの言葉がわかるであろう?」

 マユミは驚いて目を開いた。
 目の前に自分を見つめる女王の濡れた瞳があった。

「わ、わかります……」
「ふむ。精神を統べる上位精霊プシュケーの力を借りて、お前の感知能力を一時的に上昇させておるのだ」
「はあ……」
「お前は今、我らの言葉を聞きとっているのではなく、周囲に流れる感情の波を捕らえ、己の中でそれを言語化しているのだよ」
「は、はあ……」

 感覚的にしかわからない。
 理屈で理解しようとしても無駄だと思った。
 とにかく魔法だろう、と。

「プシュケーはそこらの下位精霊とは違い、周囲に大きな影響力を持つ心の精霊じゃ。その補助があればしばらくは不自由しまい」
「しばらく?」

 女王が鞭を見ながら頷いた。

「お前が姫神として覚醒した時、身体、精神、共に最適化された存在として再調整されるのだ」
「ひめがみってなんですか?」
「それはまだよい。ユ=メ、マユミをお部屋にご案内いたせ」
「ハッ」

 マユミが小さく悲鳴を上げた。
 ユ=メがマユミの二の腕を乱暴に掴み立たせようとしたためだ。

「これこれ、丁重に扱っておやり。その娘は我らの悲願を成就する助けとなる存在。無下にしてはならぬ」
「お許しください。私の不知の致すところ」

 ユ=メはマユミの腕を放し平伏した。

「よい。ではまた後ほどの。桃姫マユミ殿」

 一切合切わけが分からなかったが、マユミは大人しく案内されるままにその場を退出した。
 後には女王とハナイだけが残された。

※この作品は小説投稿サイト「小説家になろう」にて掲載、鋭意連載中です。

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