【第69話】メイドたち

 エンメの部屋を出たナナはメイドの後に続いて塔を下る。
 塔内の壁という壁、柱や一部の床下にまで本棚が据えられていて、溢れんばかりの書物や巻物、木簡の類が詰め込まれていた。
 見える範囲、紙と文字ばかりがひしめく様相に、改めてナナは圧倒されていた。

「すごい量だな。これはすべてエンメ殿が書いたものなのか?」
「左様でございます」

 信じられない話だ。
 他人の著作物はないという。
 これだけの量を執筆するに、常人の人生すべての時間を注いでもとても足りないのは明白だ。

「しかしこれでは整頓もままならんのではないか?」
「問題ございません。ここの本を読む者は滅多におりませんし、整頓係もおりますゆえ」

 メイドが通りかかった通路の奥を指差したので見てみると、そこには案内のメイドよりもさらに五つは若そうな、幼いメイドが本棚を整理していた。
 その姿にナナはまた首をかしげる。
 気のせいか、ここで見たメイドは髪形や年齢、体格も微妙に違いがあるが、顔立ちや雰囲気はみなとても似ているのだ。
 ナナが訝しげに奥の幼いメイドを見ていると、その視線を遮るようにまたひとり、別のメイドが奥から現れた。
 このメイドは案内係よりも十は年配に、整頓係よりも十五は年配に見える。
 静かにこちらを見つめているが、なにやら警戒しているように見えた。

「申し訳ありません。あの者はこの塔の守護を任じられた警備係でして。お気を悪くなさらないでくださいね」
「ん? あ、ああ」

 ナナは案内係の言葉をほとんど聞き流していた。
 それよりもメイドたちが不思議に思えてならないのだ。
 似ている、などという範疇ではくくれない。
 あり得ないことだが、みな同じ人物と見るのが一番しっくりくる。
 様々な年齢の同一人物であると言われたほうが納得がいくというものだ。

(まさかな)

 自分でも馬鹿なことを考えるものだと自嘲気味に笑い、ナナは案内係が開けた塔の出入り口を通過した。
 砂漠の熱気は夕闇とともに急速に引いていき、外に出ると解放感も相まってナナは心地よい空気を吸い込んだ。

「すっかり暗くなってしまいましたね。ナナ様、どうぞお気をつけてお帰りを」
「あ、待ってくれ。尋ねたいのだが、あなたたちメイドは一体……」

 一礼した案内係はナナの質問を最後まで聞かずに扉を閉じてしまった。
 目の前で閉ざされた扉を叩こうとしたがナナは思いとどまった。

「仕方ない。これ以上心証を悪くしてもな」

「ナナ様ァッ」

 その時ナナの元へひとりの女兵士が騎乗したまま駆け込んできた。
 女兵士は露出の多い軽装で、武器も小型の剣を一振り持っているだけである。
 彼女はナナの信頼熱い斥候であったが、なにやら様子が慌ただしい。
 普段冷静な彼女らしくなかった。

「どうした、スガーラ?」
「エルフです! オールドベリル大聖堂が奴らに襲撃されましたッ」
「なんだとッ、ハナイ司教はご無事なのか?」
「それが、どうやらエルフに連れ去られたようです……」

 ナナはその報告に愕然として色を失った。

「あの人さらい集団め! ついにエスメラルダの要人にまで手が及んだか」
「ナナ様……」
「城へ戻る! すぐに出陣の準備だ」

 ナナは甲冑の重さを感じさせない身軽さで自分の馬に飛び乗ると、斥候と共に城へと走り去った。

 ◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆

 銀姫ナナが退室すると、エンメの執務室に二人のメイドが入ってきた。
 ひとりは先刻ナナの前に顔を出した年配のメイドであり、もうひとりは妙な色香を漂わせたメイドだった。
 案内係のメイドより五つほど年上に見える。
 この塔のメイドは全員同じデザインの制服を着ており、ナナの不審の通りみな似通った顔立ちをしているが、まとう雰囲気はそれぞれ独特のものがあった。
 案内係は誠心、整頓係は専心、警備係は用心、世話係である年配のメイドからは献身、そして色香を漂わせるメイドはまさに夜伽係といった風である。

「お帰りになられたようね」

 夜伽係のメイドがエンメの膝の上に腰を下してしなだれかかる。
 どことなく甘えた声である。

「これこれ、私はまだ仕事が残っている。後にしてくれ」
「書き記すことなんてあるのかしら?」
「ああ、あるとも。これからまた本格的に書き綴らねばならないのだよ」
「お茶はいかがいたしますか?」

 年配の世話係がやさしく尋ねるがエンメは断った。

「さあ、二人とも出ておいき」
「かしこまりました」
「はぁい」

 二人とも幾分不服そうではあったが、対照的な返事を残して出て行った。

「ふう。それにしても銀姫め。私が保護されているなどと抜かしおった」

 ペンを黒インクの詰まった瓶に差し込んで、エンメはそのまま手を止めた。
 しばらく一点を見つめ遠い目をする。
 彼の中で考えることのなくなった多くの思いと出来事がよみがえっていたのだが、すぐに作業を再開し始めた。

「保護などではない……これは、呪いなのだ」

 ペンを白紙の書物に向かい走らせ始めた。
 書き始めるとエンメの意識は文字にのみ集中する。

〈聖刻歴一万九〇二一年、九の月八日、六暗の刻、銀姫ナナ、エンメの塔にて会談す〉

 静かな室内にエンメの筆音だけが流れる。

〈同日、七暗の刻、七人目の姫神こと桃姫、エルフの領域センリブ森林に降臨せり>

「ほう。ついに七人目の姫神が舞い降りたか」

〈他の六人同様、記憶の一時的混乱あり。その者の名は……〉

 エンメの手が止まった。
 筆記中は決して止まることがないエンメのペンが、信じられないことに書くのを躊躇していた。
 だがそれも一瞬。
 ややあってペンは再び走り始めた。

〈その者の名は|瀬々良木《せせらぎ》マユミ、二十四歳〉

「酷なことを。私への当てつけもあるのか? 〈心〉よ……」

 事象に対し中立を保つエンメがこの時ばかりは憤慨していた。

※この作品は小説投稿サイト「小説家になろう」にて掲載、鋭意連載中です。

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