恐怖に目を見開いたまま、シオリはジッと一点を見つめたままだった。
巨大な蠢く不気味な花にレイが丸飲みにされてからどれくらい経ったであろうか。
全身を這うように縛めるツタのことも忘れてシオリは呆然としていた。
やがて目の前の花が次なる獲物を飲み込もうと再び大きな穴を開き始める。
シオリは自分が飲み込まれる恐怖と戦いながら、穴の内部を必死に覗きこもうとした。
そこにレイの姿は見えない。
するとツタに力強く引きずられ、シオリは穴の真ん前にまで据えられた。
御馳走を前にして花が笑ったようなうすら寒さを覚えた。
「ンッ……ンンッッッ」
我に返ったシオリは自由を得んと必死に抵抗するがレイ同様にあまりにも非力であった。
身体が持ち上げられ、ゆっくりと深淵の縁が迫ってくる。
獣に食われる想像よりも暴力性は乏しいが、気味の悪さは筆舌に尽くしがたい。
「ンゥッ! ンッーーーー」
声に出せない叫び声が喉の奥から出て行った。
すると突然に窮屈だった身体の縛めがいっぺんにゆるみだした。
斬裂ッ! という風ごと切り裂くような音が聞こえた気がした。
シオリの目の端に赤い翼の軌跡が走った。
空中から急降下したタイランが間一髪、シオリに絡み付いたツタを切り裂いたのだ。
シオリを一切傷つけず、全身を這うツタだけを全速で飛びすさりつつ斬ってのける。
まさに神速の神業と言うほかない。
「ぶはっ! タイランさん」
口から太いツタの切れ端を吐き出しながら、シオリは急いで不気味な黄色い花を指し示す。
「レイさんがッ! その花に飲まれてッ」
言葉はわからずともシオリの様子からタイランは事態を察すると、急いで花に向かい斬りかかった。
花は赤い鳥を近寄らせまいと立て続けに新たなツタを打ち振るうが、タイランはそれらを難なく躱して花の胴体と言うべき中心を切り裂いた。
ズル、と中から脱力した人影が出てくる。
気を失ったレイだった。
花の内部に生えた細かい繊毛のようなものがまとわりつき、弱い酸のようなもので衣服も随分と破損していた。
「レイさんッ」
シオリがレイに呼びかけるのとウシツノとアカメが花畑にたどり着いたのが同時だった。
「シオリ殿ォ! 無事かッ」
「なんと! これはまた大きな食人花ですね」
巨大な花を見たアカメが瞬時に正体を見抜いた。
「マ、マンイーター?」
「大きな動物すらも捕食する、肉食性植物モンスターの総称です。まさかこんな場所に自生しているとは」
「アカメさん! レイさんがッ」
シオリの叫びでマンイーターに取り込まれているレイの姿に気が付いた。
頭と左腕だけがまろび出ているが、ピクリとも動かない。
「レイ殿ッ」
「いけません、早く救い出してください! マンイーターの養分にされてしまいます」
それを聞いたタイランが素早い動きで剣を繰りながらマンイーターの周囲を飛び回った。
赤い翼がマントのように閃くたびに花弁やツタが切り裂かれ、血のような液体が花から飛び散っていった。
「キエエエエエエエエエッッッ」
突然、花が金切り声をあげて叫び出すと花弁の中心に開いた穴からひとまとめの液体が発射された。
二匹のカエルの足元まで飛んできたその液体は、付着した地面から煙を立ち上らせたちまち溶かして地面をえぐってしまった。
「強力な酸です。胃酸でしょう。触れないように、武器もですよ! 腐食します」
「ならば酸を吐く前に倒すまで」
背中から愛刀自来也を引き抜き構えると、ウシツノは殺気をみなぎらせてマンイーターに斬りかかった。
マンイーターも複数のツタを縦横に打ち振るい抵抗してくる。
鞭のようにしなるそのツタを刀で弾き返しながらウシツノは花の本体に迫った。
間合いに踏み込むとウシツノの刀がレイのいる穴を大きく斬り開いた。
すぐさまレイの体を引きずり出そうとするウシツノに新手のツタが襲い掛かる。
そのツタは援護に入ったタイランがすぐに切り捨てた。
「よし! 引っ張り出せたぞ」
ウシツノがレイを外に出せた事を確認すると、タイランはマンイーターに容赦なく剣閃を浴びせかけた。
周囲を素早く飛び回り、出来る限り細かく切り刻んでいく。
そこまでしてようやく、マンイーターの活動は停止した。
静けさを取り戻したことでようやく全員一息つく。
「はあ、はあ。不気味な花だ。こんなのがいるなんて」
レイを抱えてウシツノがアカメとシオリの元へと戻ってきた。
タイランもそばへと降り立つ。
アカメが真っ先に口を開いた。
「みなさん、疲労と緊張は和らげたいですが、すぐにここを離れなくては」
「わかってる。急いでヌマーカのところへ戻るんだ」
「ご、ごめんなさい、私たちのせいで……」
シオリが力なくうなだれる。
その肩にアカメがそっと手を置いた。
「あなたののせいではありませんよ。こんな怪物が生息しているとは思いませんでした。私たちのミスです」
「とにかく行こう!」
シオリとアカメの会話を聞き取れないウシツノは、気を失ったままのレイを背におぶり、すぐにも出発できる態勢でいた。
「待て」
だがそれをタイランが制した。
「なんです!」
「むむッ」
タイランの意図はすぐに分かった。
花畑中に異変が現れたからだ。
突如として、地面から無数のツタが再出現していた。
蠢く触手のようなツタが何本も、何本も月に向かって屹立している。
それは至る所から伸びていた。
「まさか」
アカメの懸念は的中した。
地面に咲き乱れた花々の海から突き出るように、次々と巨大で不気味な花が姿を現したのだ。
「一匹だけじゃない! ここはマンイーターの群生地だったのか」
今度はより多くの蠢くツタが一斉に襲い掛かってきた。