【第225話】東へ西へ

 ベルジャンを先頭に、ウシツノ、アカメ、ハクニー、リピッツァ、そして十六名のケンタウロスの戦士たちはペニヴァシュ山に分け入っていた。
 ハイランドのパペット軍勢に囲まれた集落を脱出し、落ち延びたのだ。
 ウシツノとアカメはケンタウロスたちと共に、二日前までいた山内を再び巡ることになった。

「大丈夫かリピッツァ」
「はい」

 ベルジャンが右腕の矢傷を気にしながらついてくるリピッツァに声をかける。
 命に別状はないものの、当分の間は武器を振るうことはできまい。
 下手をすれば傷口は塞がっても今までのように上手くは戦えないかもしれないのだ。
 黙々と逃避行を続けていると、その様に悪い考えばかりが先行してしまう。

 集落を出てから一昼夜歩き通した。
 夜目の効くケンタウロスの先導で山道を迷う事もなく歩き続けた。
 幸い追手の類は現れなかった。
 独断で飛び出したシオリの行動は軽率であったとは思うが、そのおかげで今こうして無事でいられるのかもしれない。
 シオリの強さを知る彼らはそう思い、同時に自らを不甲斐ないと心中では自戒していた。

 さすがにアカメは歩き疲れていたのだが、しかしそれでも歩くことを止める気にはなれなかった。
 彼はこの逃避行の間、ずっと今後の方針について考えあぐねていた。
 その答えを得られるまで、誰にも邪魔をされずに黙々と歩き続けるこの状況はかえって都合がよいとまで考えていた。

 そうして夜が明けて、陽がそれなりに昇ったころ、一行はようやく打ち捨てられた遺跡にまで帰り着いた。
 最初にパンドゥラの箱を求めてやって来た時に素通りした、あの朽ちた遺跡だ。
 ベルジャン曰く、すでにこの遺跡は盗掘され、冒険者たちに見向きもされない場所だという。
 鬱蒼とした木々の中でそびえたつ巨大な石像がいくつもある。
 石像は人なのか魔物なのか、恐ろし気な仮面をつけており、背丈はヒトの何倍もある。
 いくつかは倒壊し、そしてどれもが苔むしていた。

「ヘイッ!」

 すると遺跡の方から呼びかける声が聞こえた。
 一行に緊張が走ったが、入口と思われる場所でこちらに向かい手を振るその人影には覚えがあった。

「シャマン! 無事だったか」
「おう」

 ウシツノの呼びかけに答えた人影はシャマン。
 だが、その顔は晴れ晴れとはいかない様子だった。

 ◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆

 遺跡内部、入口に近い場所で犬狼族の神官戦士ウィペットは枯草を敷いた粗末な有り合わせの寝所に横たわっていた。
 上半身のチェインメイルは脱がされ、全身に包帯が巻かれている。
 胸の上には少し大きめの符が乗せてあり、ウィペットは時折り喘ぎながら苦しそうに眠っていた。

「私の符術で痛みは和らげているが、治すことはできんのじゃ」

 狐仙族のクルペオによるルナール符術〈聖寿万歳せいじゅばんざい 〉は止血効果と鎮痛作用でしかない。

「私をかばったりなんてしなければ」
「仲間をかばうのは当たり前のことだ。何度も言わせるな」

 隅の壁にもたれかかる女盗賊ギワラのつぶやきにシャマンがそう答えた。

「けど私はあなたたちの……」
「もうとっくに仲間認定してんだよ」

 落ち込むギワラをシャマンは何度も優しくそう諭していた。
 パンドゥラの箱が封印されていた洞窟の外で待ち伏せを受けたウシツノたちは、ケンタウロスの集落が包囲されていることを知り、急ぎ下山した。
 その際シャマンたちがその場の敵を引き受けてくれたのだ。

「ゴリラ型のデカブツはなんとか倒したが、親玉には逃げられた」
「箱を持たぬ我らに付き合う気はなかったようじゃ」

 シャマンたちはその後この遺跡に移動し身体を休めていたという。

「それで、そっちはどうだったんでい?」

 ウシツノとベルジャンは集落であったことをかいつまんで説明した。

「なッ! 一万の軍勢を相手に、たった三十人程度で渡り合ったってのかよ」
「タイラン殿とシオリ様の活躍が大きい。我らはただ従うのみであった」

 リピッツァの報告を聞いているあいだ、シャマンもベルジャンも感嘆し通しであった。
 ただシャマンには今ひとつ理解しがたい部分があった。

「ちょっと待て。タイランってのはあの赤い出で立ちのバードマンだろ? あいつならわかる。デキそうな奴だったからな。けどよ」
「そうじゃな。シオリというのはあの少女の事であろう? チラリとしか見かけなんだが、戦場で役立つようには見えなかったぞ」

 シャマンとクルペオの疑問にウシツノはドキッとした。
 思わずアカメを見る。
 アカメも仕方ないと首を縦に振ってウシツノに回答を一任した。

「あ、その、実はだな」
「なんだウシツノ?」
「隠すつもりはなかったんだが、その、シオリ殿は姫神なんだ」
「そうかよ、姫神なのかよ。なら納得……って、なんだとオォォ!」

 シャマンの声があまりに大きく思わずウシツノは耳をふさいだ。

「姫神……あの娘が」

 クルペオも驚きを隠せずにいる。

「そうであったか。ならばちょっとやそっとの軍勢を相手にもひけはとるまい」
「教えてくれ! 姫神について! オレたちは知らなくちゃならねえんだ」

 ウシツノの両肩を掴みながらシャマンが意気込む。

「そ、そうは言ってもな……。オレたちもそれを知る旅をしていたんだ」
「姫神についてか?」

 ウシツノは肩を揺すられながら何度もうなずいた。

「お前らも詳しいことは知らねえってのか」

 落胆するシャマンを余所にクルペオが質問を引き継いだ。

「それでそのバードマンと姫神の娘はどうしたのじゃ? ここには来ていないようじゃが」
「シオリ殿は敵の軍勢にひとりで向かっていったようで、タイランさんが連れ戻しに行ったんだ」

 ウシツノが苦渋に満ちた表情でそう答えると、シャマンは拍子抜けでもしたように真顔で問いただした。

「なんでお前は行かなかったんだ?」
「羽のない者は足手まといだと言われたんだ」
「なんでえ? 逃げるつもりで行ったのかよ? 姫神は無敵だろ? ミナミ……オレたちの仲間の金姫は強かったぜ」
「相手も姫神なんです。敵は桃姫と剣聖の二人。この二人に我らの半数は殺られました」

 リピッツァが間に入ってウシツノをかばった。

「おいおい、ハイランドにも姫神がいんのかよ!」
「待て。いま剣聖と言ったか?」

 シャマンとクルペオにとっては無視できない事実が次々と押し寄せている。

「ちょっといいですか」

 それまで黙っていたアカメが急に声を出したのでみなの注目を集めた。

「なんだアカメ」
「みなさん気になることも多いと思いますが、いったん、まずはこれからどうするかを話し合いませんか」
「これから……」
「どうやらウィペットさんは早急に治療が必要な様子。そのためにまずは町へ降りるのが必定かと」

 シャマンとクルペオがうなずく。

「そうだ。オレたちはハイランドの首都カレドニアへ戻る。そこに仲間もいるし、腕のいい医者のツテもある」

 シャマンの答えにアカメは渋い顔をする。

「軍を引き連れて剣聖がわざわざやって来ました。あなた方はお尋ね者になっているかもしれませんよ。街に入れるでしょうか」
「ギワラがいるんだ。こっそり忍び込むことだってできる。だろ?」

 コクンとうなずくギワラ。
 彼女はハイランドの盗賊ギルドに所属している。
 兄のネズミは幹部だ。
 裏から手を回すことぐらいできるだろう。

「ベルジャンさんは?」

 アカメがケンタウロスの族長代理に話を振る。

「我らはカレドニアと逆方向、東へ行く。ケンタウロス族は東のドワーフ族を頼りに落ち延びたと言う。護衛の数も心許ない。急ぎ向かい合流するつもりだ」
「そうですね、それがよろしいでしょう」
「情けなく思う。長く続いたハイランドとの〈槍の誓い〉もここまでだ」

 ベルジャン以下、ケンタウロスの戦士たちが意気消沈しているのが伺える。
 今は掛ける言葉がみつからなかった。

「オメェらはどうすんだ? ケンタウロスと行くのか?」

 シャマンがウシツノとアカメに話の矛先を向けた。

「オレたちは……」

 ウシツノは困った顔をしながら答えに詰まる。
 旅に出たのはシオリと出会ったからだ。
 故郷を滅ぼされ、行く当てもないからだ。
 タイランにも救われ、流れのままにハイランドにまでたどり着いた。
 そこで護ると誓ったシオリと離れ離れになってしまった。
 正直どうすればいいか、なにもわからなかった。
 ただひとり、最初から共にしてきた親友へと振り向き、その迷いを分かち合おうと思った。

 だが振り向いた先の親友、アカメは迷うことなく即断していた。

「決まっています。私たちはシャマンさんたちと共に、ハイランドの首都、カレドニアへ行きます」

※この作品は小説投稿サイト「小説家になろう」にて掲載、鋭意連載中です。

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