ブロッソ王に謁見を願い出たチェルシーは、予想外なことに王族以外踏み入ることの許されない王宮内の中庭へと案内された。
よく手入れされた草花に、人工的に作られた水辺の園。
真っ白な大理石で組まれた古代建築様の東屋など、それは見事な心落ち着く庭園であった。
その東屋にブロッソ王はひとりで腰を落ち着けていた。
歩み寄り膝を着くと、いつもより慈しむかのような声音で王は声をかけた。
「かまわん、チェルシー。隣に座るがよい」
「はっ。いや、しかし」
「かまわぬ」
チェルシーは立ち上がると王の隣に腰かける。
そこで二人して目の前に広がる池の水面を眺めやる。
何とも壊しがたい沈黙の時が流れた。
「国王様ぁ」
その沈黙を破ったのは庭園の入り口からやってきた中年女性の召使いであった。
声を弾ませながら腕になにかを大事そうに抱えてやって来る。
「お産まれになられました! 元気な、男の子でございます」
よほど普段運動不足なのか。
召使いの女は息も切れ切れにそう報告すると、静かに寝息をたてる赤ん坊をブロッソにそっと抱かせた。
チェルシーにとって意外だったのは、赤子を抱く国王の表情からいつもの険しさが見えないことであった。
「これは、おめでとうございまする。まさかこのような時期にお子がお産まれになろうとは」
皮肉めいたチェルシーの発言であったが、ブロッソは気にせず同様に頷いて見せた。
「まさにな。戦時に命を授かるとは。この子はきっと強い子に育つであろう」
赤子の頬をそよ風が撫でつけていく。
「余は子宝には恵まれんでな。この子は十八番目の子となるが、すでに十人は幼少に没し、残ったのは男子三人女子四人。一番上はとうに四十を越えておるが、目立った功績はない有り様だ」
「このお方に期待をかけられますか」
「そうだな……何故かな。そう思わせる力を、この子から感じるわ」
戦の気に当てられたか。
王は弱気になっているのだとチェルシーはみてとった。
「名を付けてやらねばな。何が良いと思う?」
「お戯れを。一介の行商人である私にそのような大事」
「かまわぬ。言うてくれんか」
「ご勘弁を」
一瞬、王は寂しそうにチェルシーを見たようだが、赤子に目を移すととうとうと語りだした。
「思えば罪多き、後悔に満ちた半生であった」
「……」
「悪夢にうなされた夜も数知れぬほどにな」
チェルシーの目にチラチラと炎が灯る。
「余には、とても優れた兄がおった。誰もが認める優れた兄だ」
「……」
「そして余にも野心はあった。その結果、兄を不幸が襲った」
カッ、とチェルシーが目いっぱいに目を見開く。
「余は、悲しむどころか好機と捕らえた。愚かに思う。若かりし頃の、生涯でもっとも大きな過ちであった」
――ナニヲ、イッテイル?
「償えるなら償いたい。そう、思う」
――イマサラ、ナニヲッ!
「兄には子供がいた。その子供も放逐され、どうなったか」
――キサマガスベテヲ、ウバッタ……。
「この子にはゼイムス、と名付けたいのだが」
――その名はオレノ…………オレノ……。
「……よろしい名かと思いまする」
乾いた声のチェルシーから同意を得られ、王はわずかに笑みをこぼす。
「そうか。ならばお前は今よりゼイムス。ゼイムス二世だ」
眠る赤子がほほ笑んだように見えた。
「しばしお暇をいただきとうございます」
「何処かへ行くのか」
ひとしきり赤子を愛でると、ゼイムス二世は召使いの女性に抱かれ庭園を後にした。
そしてようやくチェルシーは王に挨拶を済ませるという自身の本題に入ることができた。
「ご心配には及びません。マユミと私は別行動でございます。この城へ置いておいていただければ」
チェルシーの伴ってきた桃姫マユミは今やハイランドに欠かせない力を有している。
なによりパペット兵そのものがマユミの能力で存在している訳なのだから。
ブロッソが心配するのも無理はない。
「もちろんだ。姫神の力、その恩恵は計り知れぬ。最大限、手厚く扱おう」
「ありがとう存じます」
「お前もだ、チェルシー。いつでも戻ってくるのだ」
「……」
「余は、歓迎するぞ」
すぐに深く頭を垂れた。
そのため王がどんな表情で今の発言をしたのか、チェルシーにはわからなかった。
そして王にも見えない。
そのうつむいたチェルシーの表情は……。
「では、失礼致します」
必死に、憎悪に満ち満ちた、怒りの形相をかき消そうと苦心する、まさに悪鬼のそれなのであった。






