【第182話】囮依頼終了

 ベルジャンの槍がシャマンの喉めがけて鋭く突かれる。
 その槍を斧で弾こうとするが、予想以上の力強さに思ったほど軌道がずれない。
 慌てながらも咄嗟に半身をかわせたおかげで死を免れた。
 一気にシャマンの気持ちが引き締まる。

(なんて膂力りょりょくだ、この馬野郎)

 思わぬ強敵に心の中で舌打ちする。
 心胆寒からしめられたシャマンは、続けざまに突き出される槍をかわしながらも素早く仲間の安否を確認した。
 全員がケンタウロス族の戦士を同時に二匹ずつ相手している。
 敵の数はざっと数えて十三騎。
 こちらは五人。
 シャマンとベルジャンはタイマンなので、残った四騎が四方に広がりこちらの退路を断っていた。

(クルペオの符術でサポートがいる)

 とはいえ当のクルペオも二騎を相手に余裕がない。
 本来なら符術師であるクルペオは前衛に立たせてはならないのだ。

「余所見をする余裕が貴様にあるかッ」

 ザシュッ!

 周囲に気をとられ過ぎたシャマンの額が大きく裂けた。
 突き出された槍を顔を逸らせて貫通こそ免れたが、大きく開いた額から赤い血がどくどくと流れ出てきた。

「ぐあっ」

 額を抑えよろめくシャマン。
 手にはべっとりと自分の血が付いていた。

「〈箱〉をざわつかせる輩は見過ごせぬ。止めだッ」
「なろうッ」

 ベルジャンの殺気が込められた一撃をシャマンは全力を込めて斧で弾き返した。

「なにッ」

 体勢を崩すベルジャン。
 その彼の下半身、馬の後ろ足をシャマンは大きく斧で切り裂いた。

「ぬあぁッ」

 今度はベルジャンの馬身から流血が滴り落ちる。

「ハァ、ハァ、若造がァ、あまり舐めた口きいてんじゃねえぞ、この馬野郎」
「貴様ぁ」

 お互いの目に強い殺気が溢れだす。

「ウオオッ」
「ガァッ」

 必殺の一撃を繰り出そうと双方が雄叫びを上げた。

「待てェーいッ」

 そのときそこへ騎馬の一団が現れると、シャマンらとケンタウロスらを包囲した。
 騒動を聞き付けたローズマーキーの衛兵隊であった。

「待て待て待てェーい。双方そこを動くなよお」

 隊長らしい壮年の男がシャマンとベルジャンの間に割って入る。
 自然にシャマンたちとケンタウロスたちがそれぞれの側に合流した。

「貴様たち、何をしている。ここは天下のハイランド王国が護りし街道だぞ」
「どうやらこの先のローズマーキーからの衛兵らしいな」

 ウィペットの推察にシャマンも同意だった。

「オレたちはただの運び屋だ。ケンタウロス族こいつらが大切な荷物を奪おうと襲ってきやがったんだ」

 シャマンの言い分に隊長は頷くと、ベルジャンの前へと進む。

「だ、そうだが、貴様らの申し開きはあるか」
「……」
「答えないという事は認めるのだな」
「……」
「では強盗容疑で連行する。おい、手錠を持て」

 それまで黙っていたベルジャンが突然隊長を殴り飛ばした。

「ぐわぁっ」

 左頬を殴られた隊長はたまらず馬から草原へと落下する。

「き、貴様ぁ……抵抗するか」
「宿場町駐屯の衛兵風情が! 聖賢王シュテインと我らケンタウロスの〈槍の誓い〉に泥を塗るかッ」
「ぬぬ、〈槍の誓い〉なんぞ、シュテイン王亡き今、なんの意味もなさぬ。貴様らは今や、ただ草原を這いまわる下劣な亜人部族のひとつにすぎん」

 ベルジャンのこめかみに血管が浮き出るほどの怒りが現れる。

「それが現国王ブロッソの考えなのだな」

 ベルジャンはシャマンたちに背を向けるとその場を走りだす。
 他のケンタウロスたちも追随してこの場を去っていく。
 そのうちのひとりがベルジャンに駆け寄った。

「いいのかベルジャン? 〈箱〉を奪い取らなくても」
「かまわぬ。どうせ偽物だ」
「それはそうだろうが……まあ、戻ってから本物を確かめに行けばいいわけだしな」
「口を閉ざせ、トラケナー。余計なことを言うな」
「……」

 その場を後にする彼らを衛兵たちは誰も追いかけたりはしなかった。
 ただひとり、とても耳のいい者がいた。
 去り行くケンタウロスたちに耳をそばだてていたのだが、やがてその者は隊長の元へと進み出て労いの言葉をかけ始めた。

「いやいや、ご苦労様です隊長。おかげで助かりました」

 その男は七日前、最初の宿場町アルネスで、シャマンたちに運ぶべき箱を渡してくれたファントムの部下であった。

「ふん。我らが出張ればこの程度の案件、大したことではないわ。しかし忌々しい」
「奴らも隊長の堂々とした振る舞いに怖じ気づき、思わず手が出たのでしょう。それで慌てて逃げ去ったのです。所詮は小物。あえて追い払うことを選択なされたのはご賢明でした」
「お、おう。うむ、そうである」
「どうぞ、少ないですが治療費と、部下の皆様へのお振舞等にお使いください」

 男はそっと隊長の懐に銀貨の詰まった袋を差し入れた。
 隊長も何も言わずに受け入れている。

「さて、みなさん。荷物を受け取りましょうか」

 ファントムの部下である男がシャマンたちに近寄ると、依頼品の箱を受け取り中身を取り出した。
 中には小さな黒い石が入っていた。

「なんだそれは」
「ジオグラフィック・ポジショニング・ストーン、略してGPSという。対になっているある魔道具を通すことで、この石の現在地をいつでも知ることが出来るのだ」
「それじゃあ私たちのことをずっと追跡できたってこと?」
「できた、ではなく、していたのさ。お前たちが多くの襲撃を受けていたのも知っている。よく退け続けたな。ま、仮に箱を奪われても、奪った奴を追跡もできるという寸法さ」
「なぜここへ直接やって来た? 衛兵まで動かして」
「ケンタウロスの一族が動いたという情報が入ったからだ。奴らは明らかに他の襲撃者とは違った。それが確認できた」
「どういうことだ? オレたちは単なる囮ではなかったのか?」

 ウィペットのその質問には答えようとせず、男はカバンから銀貨の詰まった袋を取り出す。

「報酬です。これにて依頼は終了です」

 メインクーンが男から受け取った袋の中身を確認する。

「約束通りあるよ、シャマン」
「おい、この依頼、一体どんな意味があったんだ。オレたちに何をさせていたんだ」

 去りかけていた男が立ち止まり、首だけを振り向かせる。

「依頼は終わりました。これ以上はあなた方には関係ありません。余計な詮索は、しないことです」

 それだけ言うと男は衛兵たちと共に去って行ってしまった。
 行先はローズマーキーの街だろう。

「なんかよくわからないんよ」

 レッキスが顔いっぱいに不満を募らせている。
 その気持ちは全員一緒であった。

「どうするのシャマン? 私たちもローズマーキーへ行くの」
「……いや……カレドニアへ戻る。あのファントムって野郎、役人すら動かせるほどの力を持っているらしい。どんな奴か調べておいた方がいいだろう」

 面倒なことに巻き込まれたという自覚がシャマンの中に渦巻いていた。

※この作品は小説投稿サイト「小説家になろう」にて掲載、鋭意連載中です。

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