
「そうして依頼は終わったけれどさ、結局その後も私らいろんな奴らに襲われてるわけにゃ」
「オレたちが箱を持っているという噂だけは広まったままだからよ」
「なるほどな」
古びた下町の酒場でひとしきり、ネズミに事のあらましを伝え終わったメインクーンが一息ついた。
「しかしお前ら、よく今日まで生きてられたな。なかなかに腕はたつようだ」
ネズミは感心しながらも、袋の中に詰まった緑砂の結晶を確認しながら上目遣いになって、
「で、本当に本物の箱は知らないんだな」
「知らねえ!」
ドン! とテーブルを叩くシャマンに肩をすくめて見せた。
「わかった、わかった。腕のたつ冒険者との繋がりは、オレたちにとっても有益だ。ギルドの息のかかった者たちには襲撃を止めるよう指示してやろう」
「息のかからない奴らは?」
「お前たちは〈箱〉を持っていなかった、という真実が広まればそのうち消えるだろう。それまで耐えるしかない」
「これで安心とはいかねえのか」
「それでも希望があるだけずっとマシだろう」
「ちっ」
ぐい、と酒をあおるシャマンに同情でもしたのか、ネズミはなだめすかすように言葉をつづけた。
「ひとつ、今の話でわかったことがあるな」
「なになに?」
メインクーンが身を乗り出す。
好奇心は猫を殺す、とはよく言ったものだが、盗賊であればどんなネタにも嗅覚を飛ばすものだ。
ネズミはこのネコマタが気に入りだしていた。
「ああ、ファントムと名乗った男だがな、該当しそうな故買屋に見当がつかねえ」
「どういう事だ」
「オレの知る限りそんな奴、このハイランドにはいやしねえってことよ」
「なんだそりゃ」
「ほんとに幽霊だったんかにゃ」
「それとな、クセえのはケンタウロス族だ。奴らだけお前たちを襲った目的が違う感じがする」
「どうしてそう思う」
「勘だな」
カップに残った酒を飲み干すとおもむろにネズミは席を立った。
「それだけだ。まあせいぜい気を付けることだ。ギルドに関わりのない奴らからは、もうしばらく狙われるだろうからな」
「けっ」
「あ、待って! もうひとつ教えてほしいことがあるにゃ」
去りかけたネズミをメインクーンが呼び止めた。
「なんだ?」
「これは今回の話とは別件なんだけど……」
「いいぜ、言ってみな」
「ゴルゴダ……って知らないかにゃ?」
それはミナミが連れ去られたと思しき場所に関する、ただひとつの手懸かりだった。
しばらく考え込んだネズミだが、やがて小さく頭を振る。
「悪いな。聞き覚えがない」
「そうか……」
シャマンとメインクーンも期待していたわけではない。
「そいつがどうかしたのか?」
「いや、いいんだ。忘れてくれ」
ネズミはまた肩をすくめて見せると、
「盗賊ってのはあらゆる情報を見逃さないんだ。そいつがなんなのか、今はわからんが、どこかで何かと繋がるかもしれねえ。そんときにまた、お前らと縁があったら教えてやるよ。お前らどこに宿をとってるんだ」
「教えるわけねえだろッ」
「ケケッ。そうそう、そうやって用心を怠るなよ」
最後は笑いながら、ハイランド盗賊ギルドの幹部ネズミは店を出ていった。
空になったカップを眺めたまま、二人は少しの間沈黙していた。
先に口を開いたのはメインクーンだった。
「どうするのシャマン? ハイランド出てく?」
「いや……今逃げたら、箱を持って逃げだしたんだと思われんだろ。オレたちを疑ってる奴らがどこまでも追ってきやがるぞ。それこそメシや睡眠、便所の合間も気が休まらねえことになる」
「にゅう」
「もうしばらく、ほとぼりが冷めるのを待つしかねえな」
「お金、もつかな……」
店を出ようとするシャマンに遅れまいと、メインクーンも慌てて席を立った。
イスやテーブルが所狭しと置かれた雑多な店内。
メインクーンはスルスルと狭い通路を抜けていくが、大柄で大雑把な性格のシャマンはガンガンとぶつかっていくのを気に留めない。
「お姉さんおかわり」
空のジョッキを掲げたトカゲ族の酔客に、シャマンの体がぶつかってしまう。
「おおっとと」
その酔客は身をよろけるが、シャマンは無視して店を出て行ってしまった。
「ごめんね、おじさん。許してにゃ」
メインクーンが愛想のいい笑顔で謝りながら後に続いて出ていく。
「いいやぁ。気にしなさんな」
その酔客は二人の後ろ姿に向けてそう声をかけたが、二人にはまるで聞こえていなかった。






