【第184話】剣聖

 不機嫌なシャマンに体をぶつけられたトカゲ族のその酔客は、店を出ていく二人の後ろ姿をジッと見送った。
 その姿が見えなくなるのと同時に女給が新たな酒の入ったカップを目の前の机に置いていった。

「はあぁ、来た来た。いただきます」

 老いたトカゲの酔客は喜んで酒に口をつける。
 だいぶ酒杯を重ねているようで、顔は赤く目元も定まっていない。
 カップを持つ手元もプルプルと震えていた。
 その様は何とも弱々しく見え、哀れにも滑稽にも見えた。
 トカゲ族と言えば大柄で乱暴者の多い印象だが、この酔客は小柄で歳もだいぶ重ねているようだ。
 着ている衣服もくすんだ色の着流しひとつ。
 このような無法地帯にあって、のほほんとしていられる身分には到底見えなかった。

 案の定、ひとりのゴロツキがニヤニヤと嫌な笑いを顔面に張り付けながら近寄ると、

 バシャッ!

「あおっ! テメェ、ジジイ何しやがるッ」

 と、わざとらしく体を当てて、老人の手にあった酒をひっかぶる演技をして見せた。
 たちの悪い因縁をつけ、金を脅し取ろうとする魂胆であろう。
 だが小柄なトカゲの老人は、ゴロツキの思惑とは違う反応をして見せた。

「あぁ、もったいない」

 カップに残ったわずかばかりの酒を傾けて飲み干そうとする。
 絡んできたゴロツキのことなど何も気にしていないようだった。

「テメェふざけてんのか、コラァ」

 無視されることに怒りを覚えたゴロツキがテーブルをひっくり返し大声で威嚇する。
 老人の襟首をつかんで無理やり立ち上がらせると怒気を含めた強面こわもてで大いに凄んで見せた。

「クズみてぇな酔っ払いがよォ、オレは今日イライラしてんだ。大人しく有り金置いて……」

 ドスッ

「ん?」
「キャアアッ」

 女給が悲鳴を上げている。
 ゴロツキは唐突に腹部に感じた違和感に顔をしかめた。
 急に力が入らなくなり、掴んでいた老人の襟首からも握力が消える。
 横腹に刀が突き刺されていた。
 格好のカモだと侮っていた憐れなトカゲ族の老人によって刺されていた。
 いつの間に抜いたのか、いやいつの間に刀を手にしていたのか。

「テ、テメェ……」
「おっとと」

 ふらふらと倒れるゴロツキから素早く刀を引き抜くと、伝い溢れる血を酒杯に注ぐ。

「血を混ぜると酒はなお旨いんだ」

 グイッと煽る。

「ガハッ、ぺっぺっ」

 が、やおら飲んだ酒を吐き出してしまった。

「うげぇ、胃液と胆汁まで混ざっちまった。男の胆汁は臭えんだ。飲むなら女のに限る」

 そう吐き捨てると残った酒を倒れているゴロツキにぶっかけてやった。

「少々飲みすぎたかな、手元が狂っちまったようだ」

 言いながら刀の血を振り払い鞘に納める。

「あ、あーッ、ケイマン様! なかなか出てこないと思ったらやっぱりこんなことに。あーあー、もうまた酔っぱらって」

 店内に入ってきたニンゲンの小男が状況を見て頭を抱える。

「何してるんですか、奴らを見失っちゃいますよ! さあ早く行きましょう」
「おーおーそうだな。ちょいと酔いを覚まさねえとな」

 倒れたゴロツキなど気にもせずに出ていこうとするこの二人組を誰が止められようか。
 下手に声をかけて同じ目に遭ってはたまらない。
 それだけ道理の通じない相手だと店内の誰もが理解していた。

「で、エッセル君。そいつらはどっちへ行ったんだ」
「あっちです」

 エッセルと呼ばれた小男が指差す方へ歩きだす。
 スラム街をさらに奥へと入っていくことになる。

「あのネコマタのお嬢ちゃんは可愛かったな。あの娘の血や胆汁で割った酒はさぞかし旨かろうよ」
「はいはい、そうですね」
「獲物は何人だったか」
「五人ですよ。亜人ばかりの五人組です」
「女は他にもいるのかよ」
「いますよ。他に兎耳バニーがひとりと狐仙ルナールがひとり」
「カカカ。今夜は旨い酒が飲めそうだな」
「まだ飲む気ですか……」

 エッセルはこのトカゲ族の老人、ケイマンの残忍性よりも酒癖の悪さに呆れていた。

「まったくもう、世界最強の剣聖グランド・ケイマンがこんな酔っ払いだなんて」
「カカカカッ。誰よりも剣が巧いだけだ。そこに性格なんてものは関係あるまいよ」
「〈剣聖〉の称号は、ハイランド王家によってただひとりに与えられる世界的な栄誉なのですよ」
「のたまうのう。いかにも格式にこだわるハイランドらしい。わしなんぞにくれてやるもんだから、ブロッソの人気がなくなるんだよ」
「先の亜人戦争で生まれたニンゲンと亜人の隔たりを減らすためにと、新たな〈剣聖〉にケイマン様をお選びいただいたのですよ」
「完璧に人選ミスだったのぉ」
「ご自分でおっしゃらないでください」
「カッカッカッ」

 このような会話を誰はばかることなく交わしながら、二人は通りを堂々と歩いていた。

「とはいえ亜人わし亜人どもそいつらを暗殺させようっちゅうんだから、ブロッソにそんな殊勝な心掛けなぞあるものかよ」
「はいはい。国王様の悪口はもうその辺にしといてくださいね」
「カカカッ! 愉快愉快」

 ただ散歩を楽しんでいる。
 そのような笑顔をたたえたまま、二人はシャマンとメインクーンの後を尾いて歩き続けた。

※この作品は小説投稿サイト「小説家になろう」にて掲載、鋭意連載中です。

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