込み入ったスラム街をシャマンとメインクーンは並んで歩く。
街の中心地からは最も離れた、この街の外壁へとより近付くことになる。
でこぼことした石垣に沿うようにあばら家がいくつも立ち並ぶエリア、そのうちの一軒がシャマンたちの潜む臨時の隠れ家であった。
そこへ至る裏路地の入口まで、もうあと数十歩というあたりでメインクーンの鼻がひくつきだした。
「どうした?」
「尾けられてるにゃ」
尾行者の気配がした。
かなりの手練れに思う。
あまりに自然に街の喧騒に溶け込んでいたせいで、さしものメインクーンもここまで気付けずにいたのだ。
「どいつだ?」
「後ろを歩いてる二人組……ずっと尾いてきてる。振り向かないでよ、シャマン」
「ああ……」
歩調は変えず、二人は入る予定だった裏路地を見向きもせずに素通りした。
その裏路地の入口手前に座り込んでいる人影があった。
ボロボロの外套をかぶってはいるが、頭に兎の耳を生やした女であった。
仲間のレッキスである。
シャマンとメインクーンが戻るまで、用心してこの位置で見張りをしていたのだ。
レッキスの前を通過する際、シャマンは大きく伸びをしながらメインクーンに声を掛けた。
「どれ、もうしばらく夕方の散歩を続けるとするか。まだ尾いてくるか?」
「うん。尾いていくよ」
「……」
目を合わすこともなくレッキスの前を通り過ぎるシャマンとメインクーン。
そのまま通りを行きすぎ角を左へと曲がっていった。
すると道端に座り込んだまま地面に目を落としてジッとしているレッキスの前を、奇妙な二人組が通り過ぎていった。
ひとりはくすんだ色の着流しを着たトカゲ族の老人。
酔っているらしくかなりの千鳥足だ。
もうひとりはニンゲンの小男。
対照的にこざっぱりとした、わりと身なりのいい服装をしている。
印象としては小役人といった感があった。
どうやら小男が老人に酒を注意している会話が聞こえてくる。
二人組は喧々諤々と言い合いをしながらシャマンたちと同じ方向へと角を曲がって行ってしまった。
ようやくレッキスは顔を上げた。
「あれかな。どうする……」
シャマンたちのやり取りから二人は尾けられていることがわかる。
レッキスは尾行者と思しき奇妙な二人組からは特に脅威を感じなかった。
おそらく斥候、あるいは情報屋か。
喫緊の脅威とは感じなかった。
シャマンたちなら上手く撒けるだろう。
「下手に動かない方がいいんよ」
立ち上がりかけたレッキスだったが、静かにまたその場に腰を落ち着けた。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
「気付かれてるなあ」
「はい?」
ケイマンの囁きにエッセルが素っ頓狂な声で応じた。
「前を行くあのネコマタの嬢ちゃん、わしらに気付いとる。わずかに歩速が上がっとるよ」
「え、そうなんですか? どうして気付かれたんでしょう」
「わしはともかくエッセル君は素人じゃからな」
「え、ええっ! 僕のせいですかぁ?」
前を行くシャマンとメインクーンが再び角を左に曲がった。
「左に曲がって、また左。確定よな」
「そうなんですか?」
「古典的なやり方じゃがな。尾行者を撒くでなく、突き止めるやり方だな」
「むむむ」
「それなりに腕に覚えがあるのか、なんなら正面から相手してやってもいいが」
顎に手を当てしばし考える。
「どうせなら五人いっぺんに終わらせたかったんじゃがなあ」
「バレちゃったからにはもう、他の三人とはしばらく合流しないでしょうね」
「エッセル君」
「はい」
「五人の中にたしか兎耳バニー族の女もいるんだったな?」
「はい」
突然ケイマンは踵を返すと、もと来た道を戻り始めた。
「ちょちょちょ、どこ行くんですかケイマン様」
「さっきいたなあ。まずはあっちから行ってみよか」
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
「あれ」
ピタ、っとメインクーンの足が止まる。
「どうした?」
「尾いてこない」
「撒いたのか?」
後ろを振り向いたメインクーンだが、見渡す遥か通りの先まで誰の姿も見えなかった。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
ひたひたと近寄ってくる者の存在に気付き、レッキスはそっと顔を上げた。
頭まで被った外套のフード越しに、まずはそいつの足が見えた。
草鞋を履いたトカゲ族の足だ。
ハイランドはニンゲン族の治めるニンゲンの国だが、レッキスのような亜人種族もそれなりにいる。
それでも今この時、近付いてきたのがトカゲ族であったならば、それは先の尾行者であると一瞬で紐づけされて然りだろう。
(まさか、シャマンの仲間だとバレていた?)
その可能性を考慮しなかった自分の浅はかさを呪いながらも、レッキスはもうしばらく素知らぬフリを決め込むことにした。
「なあお嬢さん。バニーのお嬢さん」
レッキスは心中で舌打ちする。
周囲に兎耳族は自分しか見当たらない。
「すまんが、酒を持っていないかね? 切らしてしまってな」
「ないんよ」
できるだけ素っ気なく、とっとと去ってくれるよう願いながら答える。
「そうか。なら仕方ない。エッセル君」
見上げると離れた位置にもうひとりの小男がいた。
「酒を一瓶買ってきてくれんか」
「まだ飲むんですかぁ」
「ッカカカ。こんな旨そうなのを目の前にして、そりゃあ飲みたくもなるだろう。なあ、お嬢さん」
ケイマンがレッキスに、さらに一歩近付いた。
「女の血と胆汁をな、酒で割って飲むのがわしは大好きなんじゃよ」
「……ッ!」
ギラッ! と白刃が光った。
神速の抜刀でケイマンの刀が鞘走った。
ハラリ、と切り裂かれたレッキスの外套が舞い落ちる。
数歩下がった位置にレッキスは退避していた。
額に冷たい玉の汗が浮いている。
「よう避けた。いや、よう避けた」
ケイマンの顔には残忍な笑みが浮いていた。
抜いた刀の刃に照り返される陽の光が異様にまぶしく見える。
「まずはお前さんからいただくとしようか。血と胆汁をな」
レッキスは両手にはめた鉤爪の握り心地を確認しながら、脳裏で次の行動を選択していた。






