
酔っ払ったトカゲ族の老剣士が襲い掛かってきた。
どうする?
⇒戦う。
戦闘に恐怖はない。
負ける気もしない。
けど決して楽な相手とも思えない。
下手に長引いたらあとあと面倒なことにもなりかねない。
野次馬や衛兵が集まってきたらおおごとだ。
⇒逃げる。
スピードには自信がある。
酔っ払い相手なら撒くこともできる。
けど土地勘がない。
仲間はこの路地の奥にいるし、結局後でここに戻ってこなければならない。
そのとき待ち伏せされたらどうする。
⇒説得する。
単なる衝動的な通り魔かもしれない。
それなら思い止まらせればいい。
けどもし〈箱〉を狙ってきた奴だとしたら。
(まずはそれを確かめるべきなんよ)
ジリ、ジリと間合いを広げながら、レッキスは油断なく相手の動きを観察していた。
「ッ……!」
内心で舌を巻く。
さっきまで単なる酔っ払いだと思っていたこのトカゲが、剣を抜いた途端一分の隙も見せない達人に見えてしまったのだ。
(どういうことなんよ? この爺さん一体何者)
「お、おどろくんよ……いきなり斬りかかってくるなんて。なんかの間違いなんよね?」
なるべく動揺を隠しながら相手に対し探りを入れる。
老人は目線を外さず静かに語りかける。
「間違い、かもしれんな。確証はない。じゃが、お前さんがわしのターゲットでなかったとしても、どうでもいい」
「え……」
「お前さんの血と胆汁が欲しくなっちまったんじゃよ。カカカ」
口では笑っているが目は本気だ。
(狂ってるんよ……)
レッキスは理解した。
このトカゲ族の酔っぱらいはシャマンを尾行していた。
あきらかに誰かに依頼されて〈箱〉を狙ってきたに違いない。
そして撒かれたのか、レッキスも一味だと辺りを付けて狙いを変えたに違いない。
とはいえ一味じゃなくても構わないと言う。
血に飢えている、危険な奴なのは確かだ。
もはや言い逃れは意味がない。
戦うか、逃げるかだ。
「私を殺したら、目的の物は手に入らないんじゃないかな」
「物? なんのことじゃ」
「え?」
カマをかけるつもりが間抜けを晒してしまったか。
「ち、ちがうの?」
ケイマンの顔にイヤな笑みが広がっていく。
「悠長な小娘じゃな。わしに与えられた指令は奪えではない。殺せ、じゃ」
再びケイマンの刀が急接近する。
(右ッ!)
瞬時にバグナウを嵌めた右腕を上げてガードする。
ガギィィン!
乾いた衝突音がこだまして、レッキスの体が左に泳ぐ。
もう一発、ケイマンの刀が振るわれる。
レッキスは反発せずに大きく左に跳んで間合いを広げた。
体勢を立て直しケイマンを睨みつける。
「ッ!」
それより先にケイマンは構えをとっていた。
半身となりて右足をひき、剣先を後方下段に置いている。
脇構え。
刀の間合いがレッキスからは完全に見えなくなっている。
さらに夕日を背にしていた。
顔が陰となり、目線も表情も見えにくい。
(マズイんよ)
両手を上げてガードする。
こちらからは攻めない。
回避に専念し時間を稼ぐ。
そのうちシャマンとメインクーンが戻ってくるはずだ。
最悪野次馬が集まってくれてもいい。
その場合は逃げに徹する。
ケイマンの顔が険しくなる。
「愚か者め。攻撃の意志がなくば勝利はあり得ん。無論、生き残る確率もな」
刃が閃いた。
キィンッ、と剣と鉤爪が音を立てる。
金属音が続けざまに連なる。
連撃。
連撃!
連撃ッ!
止むことのない怒涛の斬列が襲い掛かってくる。
レッキスは頭が混乱していた。
右から、上から、前から、下から。
激しく、終わりの見えないケイマンの斬撃をしのぎ続けている。
奇跡と思えてならない。
両腕の手甲で防いだ。
跳んでかわした。
退いて避けた。
視界の端に光る刃を認知する。
考えるより先に体が反応する。
いいリズムでしのげている。
いけるッ!
「そう思ってるのじゃろう?」
「えッ」
ドスッ!
レッキスの腹を刀が貫通していた。
しのげると思っていたのに、リズムを狂わされた。
知らぬ間に一定のリズムで攻撃を受けさせられていたのだ。
それがケイマンの狙いだと気付く事も出来なかった。
レッキスの足元にぽたぽたと赤い血がこぼれる。
両腕を上げて頭部をガードした姿勢のレッキスだった。
ケイマンの刀はレッキスの下腹部に深々と突き刺さっている。
「あ、う……」
ずるりと刀が引き抜かれた。
刀と一緒に血と、意識も引っこ抜かれた気がした。
「ふむ。まずはひとり」
ドシャアッ、と派手な水音を立てて、血だまりの中へレッキスは倒れた。






