【第187話】愛刀〈果心居士〉

「エッセル君、酒は買うてきてくれたかね?」

 ケイマンが離れた位置で見守っている小男に問う。

「買ってくるわけないでしょう! いい加減に断酒してくださいよ」
「なにを馬鹿げたことを。歓びなくしてなんぞ人生か」
「酒はその身を滅ぼしますよ」
「退廃こそ、我が美徳よ」

 刀にこびりついたレッキスの血に舌を這わせてベロリと舐めとる。

「きゃあぁあぁぁ」

 その異様な光景をとうとう周囲の住民に目撃された。
 最初に発見した中年太りの女が、ぼよんぼよんの腹の底から悲鳴を上げる。
 けたたましいその音声に野次馬がポツリポツリと顔を出し始めた。

「あれまあ……ちょっと騒ぎすぎじゃろう。これしきで……ブフォッ」

 ガツッン!

 突然の衝撃だった。
 野次馬に呆れていたケイマンは横合いから重い衝突に吹っ飛ばされていた。
 枯れ木のような軽い身体が宙を舞う。

「よっ、はっ、とりゃ」

 が、冷静にポン、ポンと片足を蹴り繋いで踏みこたえてみせた。
 ケイマンを襲った衝撃は、全身にプレートメイルと大きなヒーターシールドを持った犬狼族の神官戦士ウィペットによる体当たりであった。
 彼は即座に倒れたレッキスを守るようにケイマンの前に立ちはだかる。

「貴様ッ」
「おやおや、エッセル君、やはり当たりだったようだぞ。狐仙族の女もおるじゃないか」

 ウィペットと共にクルペオも姿を現していた。
 クルペオの目も怒りに燃えている。

「我らと知って襲ってきたか。狙いは〈箱〉じゃな」

 ケイマンは眉をしかめた。

「また箱か? 興味ないわい」

 倒れたレッキスの傷を見てクルペオの顔が青ざめた。

「出血がひどい。このままでは死ぬぞ」

 そう言いつつ、懐から大きめの符を取り出し傷口である下腹部に直接貼り付ける。

「ルナール符術〈八の裏護符・聖寿万歳せいじゅばんざい〉」

 貼られた符がほのかな温かさを発する。

「治るのか?」
「止血と軽い鎮痛効果しかない。あくまで応急処置じゃ。すぐに医者に見せねば」
「そうか、だが……」

 ウィペットがケイマンを睨む。

「素直に見逃してくれる輩には見えないぞ」
「カッカッカ、そりゃそうよ。こちとらわざわざ出張ってきてんだ。これ以上騒がしくなる前にさっさと終わらせたいね」
「オレがこの場を防ぐ。クルペオ! レッキスを連れて行け」
「おーおー、その覚悟はよし。男児たるもの女のためには身体のひとつやふたつ、張らにゃあなんねえ時もあらぁな。ただ……」

 ずい、とケイマンが一歩を踏みしめる。

「お前さんで、どれだけもつと思っとんのかね」
「ふん!」

 全身に力を入れ、ウィペットが重たい槌鉾メイスと盾を構えた。

「やれやれ、お前さんも防御に専念するつもりか? わしの美意識には合わんなあ。が、しかし」

 ケイマンは全身金属鎧に身を包んだ相手を見てしかめっ面をする。

「その固そうな鎧や盾は嫌じゃなあ。わしの愛刀〈果心居士かしんこじ〉の刃が傷む」
「か、果心居士、だとッ……」

 刀の銘を聞いたウィペットが驚きを隠せずうろたえる。

「ん? 知っとったか? ならばわしが誰かもわかるだろう」
「く……」
「なんじゃ! ウィペット、奴は何者なんじゃ」
「剣聖グランド・ケイマン……現世代最強の剣士だ」

 タンッ!

 ケイマンが片手に刀をぶら下げたまま迫る。
 その動きは軽やかで、まるで水面に浮かぶ木っ端の上にもひょいと乗れそうなほど鮮やかだ。

「に、逃げろ! オレひとりでは歯が立たんッ」

 ドゴッン!

 ウィペットの振ったメイスが空を切る。
 重たい一撃は道路に敷き詰められた石畳を何枚も粉砕したのみだ。
 地面にめり込んだメイスの先端を踏み台にして跳躍したケイマンの刀が襲い掛かる。

 ガギィンッ!

 必死に出した盾で防げた。
 だがケイマンの斬撃はそこで終わらない。

「防ぐだけなら怖くないわい」

 レッキスを襲ったのと同様、またしても怒涛の連撃が繰り出される。
 器用に避けることなどできず、みるみると鎧の隙間に傷が量産されていく。

「いつまで亀のようにそうしているつもりだ? 死ぬぞ、ヌシ」

 挑発に乗ったか、とうに我慢の限界であったか、ウィペットの雄叫びを上げながら繰り出されたメイスの一撃は、案の定ケイマンにスルリとかわされる。

「ほらな」

 一閃!

 ウィペットの頸動脈から血が吹き出す。

「ん?」

 だがそれはケイマンの予想よりもだいぶ手応えのないものであった。
 それもそのはず。
 彼は自身の右足に巻き付いた鎖分銅を凝視した。

「やれやれ助太刀か」
「テメェなにしてやがる! このジジイ」

 それはシャマンの振るう鎖鎌だった。
 ウィペットへの一撃が決まる寸前、彼の鎖分銅がケイマンの足に巻き付き、必殺の間合いをずらすことに成功していたのだ。
 たしかに出血はあるが致命傷には今ひとつ届いていない。
 その彼の前にシャマンとメインクーンが立ち塞がった。

「おいジイさん、やってくれたな。よくもオレの仲間を! 覚悟はできてるよなあ」
「容赦はしないにゃ」

 ケイマンひとりに対してシャマン、メインクーン、そしてクルペオが対峙する。

「覚悟ねえ……その言葉、そっくりそのまま返してやろうか」

 相変わらずの笑顔を面に貼り付かせたまま、ケイマンはゆっくりと愛刀〈果心居士〉を構えなおした。

※この作品は小説投稿サイト「小説家になろう」にて掲載、鋭意連載中です。

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