【第200話】シオリへの刺客

 ハイランド王国の首都である聖都カレドニアの中心には白い尖塔をいくつも備えた王城ノーサンブリアが鎮座する。
 その王城の豪華な回廊の一角で美しき魔道商人とトカゲの老剣士がすれ違った。
 王宮に出入りが許されているチェルシーと、剣聖の称号を持つグランド・ケイマンである。
 すれ違ってから数歩、チェルシーは足を止めると振り返り、ケイマンの背中越し呼び止めた。

「なんぞ用かな」

 昼を少し回った頃合いなのだが、この偉大なる剣聖からはすでにアルコールの匂いがする。

「なにやらブロッソ王に呼ばれておいでのご様子。いかがなされたのかと思いまして」
「……フンッ! なぁんも面白いことなどありゃせん」

(それはそうだろうな)

 チェルシーは顔に出さず、心の内で同意する。
 かの剣聖グランド・ケイマンともあろうものが国王直々の指令ころしを果たせず、みすみす獲物を取り逃がしたとあっては小言のひとつももらうであろう。
 もっとも、当のケイマン本人はあまり気にしていない様子。
 むしろブロッソ王こそこの失敗に心穏やかではいられないはずなのだ。
 内外に政敵も多く、民からの信望も少ない現国王は神経質で猜疑心の塊のような男だ。
 安心を得る為に出した指令が、かえって敵対心を煽る結果になってしまったとあっては、またぞろ頭痛の種が増えたと言わざるを得ないだろう。
 大将軍ジョン・タルボットに言わせれば、そのような小さき器ゆえに収まるべくして収まった、とまあこの現状を嘆く以外ない。
 そういったあたりを鑑みるに、大方ケイマンも国王に呼ばれ散々悪態をつかれたはずである。

「心中お察しいたします」
「わしゃなんとも思っとりゃせん」

(そうは思えぬな)

 チェルシーはこの老剣士が自身の大きなプライドを守るために、あえて酒をあおり平然を取り繕っているのだと読んだ。
 その張りぼてのようなプライドを少し利用してやろうと思う。

「実はある情報筋から聞き及びまして、逃げた連中の居場所を知っております」

 ピクッ、とケイマンの片眉が反応したのをチェルシーは目ざとく確認した。

「ご興味がおありで?」

 答えずケイマンは背を向ける。
 口許を小さく歪めながらチェルシーはほくそ笑む。

(薄っぺらなプライドにすがるか。ならばそれに乗ってやろう)

「ん、んん……これはあくまで私の独り言でありますが、ケンタウロス族の集落に向かう冒険者一行がいたとか」
「……」
「その者ら、実はかの剣聖と刃を交わしながらも生き残ったと、さぞや今頃は自身らの孟勇ぶりを吹聴していることでしょうな」
「……」
「噂とは恐ろしきもの。あらぬことまで尾ヒレを付けて広まりでもすれば、剣聖の名折れごときでは済まないやも……ッ!」

 振り返った老剣士の顔にチェルシーは刹那、戸惑った。
 いや、正直に言ってゾッとした。
 その顔は剣聖としての顔でなく、血に飢えた狂人にしか見えなかったからだ。

(何を言っても無駄だ。あの顔で戦場にまみえたならば生き残る自信はない)

 だが、そのような顔もすぐに消え、ケイマンの表情はまた酒に溺れただらしのないものに戻っていた。

(なにか言うかな)

 チェルシーのそんな思いに反して、剣聖は沈黙を保ったままその場を歩き去ろうとする。

(ではもうひとつ展開を広げてみるか)

 その背中に向けもう一声かけることにする。

「そうそう、これはついで、でありますが……ケンタウロスの周辺にいま異国の人間、白く輝く長剣を携えた娘がいるはず。もしもその娘を連れ帰ることができれば、間違いなく大きな武勲となり得ましょう」

 その声は聞こえたはずだが、特に反応を示すことなく、トカゲの老剣士は千鳥足でその場を後にした。
 その姿が見えなくなるまでジッとそこに立っていたチェルシーだが、やがて大きく息を吐き出すとようやく人心地がついた気がした。

「一瞬垣間見えたあの狂気……剣聖というよりは剣鬼。さすがに、極まっている」

 ブルっと身震いする。

「だが……さて。名も知らぬ姫神の少女よ。私の放った刺客ケイマンに対抗できるかな。クク、楽しみだ」

※この作品は小説投稿サイト「小説家になろう」にて掲載、鋭意連載中です。

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