「そこまでだ! 荷物を置いてさっさと立ち去れ」
「そうだ、立ち去れ!」
アマンのセリフをアユミも端的に繰り返す。
「うわぁっ! な、なんですか、あなたたちは」
驚いた御者が身をすくめて馬車を停止させた。
「と、盗賊ですか?」
「ちがう! ……けど、荷物を見せろ」
「あ、ちょっとぉ」
御者の制止を振り切り荷台に飛び乗ったアマンは積み重なった木箱の一番上のふたをこじ開けた。
「わッ! や、やめてくださいよぉ」
狼狽する御者を押しのけてアユミも荷台に飛び乗ると、アマンと一緒に開けた木箱の中身を確認した。
ただちにほのかな甘い香りが漂いだした。
「こ、これは」
二人の開けた箱の中には真っ赤に熟れたリンゴがたくさん詰まっていた。
「リンゴだよ、アマン」
「リンゴだな」
「リンゴですよ! ねえ、もういいでしょう」
アマンは抗議する御者の声を無視してもうひとつ隣の木箱も開けてみた。
中には同じく真っ赤なリンゴが敷き詰められていた。
「おいしそうだね」
「はあ……お嬢さん、ひとつあげるから、もうどっか行ってくんねえかな……」
そう言って、御者がリンゴをひとつアユミに向かって放り投げた。
「わぁ、ありがとう」
荷台から飛び降り、受け取ったリンゴを早速ひと口かじる。
「うん、普通にリンゴだね、おいしいよ、おじさん」
「そうだろぉ」
アマンもバツの悪い顔で荷台を下りようとした時だった。
カリッ……
重なった木箱の下段、まるで箱の中から指で引っ掻いたような音が聞こえたのだ。
「ん、なんだ?」
アマンはその木箱を調べようと屈んで耳を押し当てた。
すると今まで黙って成り行きを見ていた荷台の二つの影が、のそり、と動き出した。
箱を調べているアマンは近付いてくるその影に気付いていない。
影のひとつは懐から小振りの手斧を取り出し黙ってアマンに向かい振り上げた。
「アマンッ」
アユミの声でハッとしたアマンは咄嗟の回避行動で転げ落ちるように地面に降り立った。
手斧は真っ赤なリンゴが入った木箱を直撃し、リンゴを宙に舞わせ、木箱は粉々に粉砕されてしまった。
上段に置かれた木箱が無くなり、下段の木箱のふたまでが吹き飛んでいた。
下段の木箱の中に、リンゴではないモノが入っているのが見えた。
「あ、あーッ! アマン、あれッ」
「ああ、ほんとにいたぜ」
木箱の中には若いニンゲンの女がいた。
猿ぐつわを噛まされ声を出せず、薄絹を一枚纏っただけで手足を縛られた女が箱詰めにされていた。
「チッ、バカ力が! 見られちまったじゃねぇかッ」
御者の態度が一変していた。
「おじさん、やっぱり悪い奴だったんだ!」
「うるせえぞお嬢さん。見られちまった以上、その命、いただくぜ」
御者も懐から短刀を取り出した。
荷台にいた二つの人影も地面に降りると、フードを外し顔をあらわにした。
「ゴフ、ゴフッ!」
「グルルル……」
現れたのは醜い豚面をした豚頭族だった。
まるで言葉を成していない、低いうなり声で威嚇してくる。
「オークか。やはりお前ら、盗賊ギルドの一味だな!」
「そこまでわかっているのか。お前たち、一体何者だ?」
「へへ~ん。言う必要はねーな」
「あたしはアユミ!」
馬鹿正直に名乗るアユミに隣でアマンがずっこける。
「ば、ばか! お前なに名乗ってんだよ」
「こういうのはコソコソしてたらカッコ悪いよ。あたしはアユミ! あたしたちは奴隷解放戦士アユミとアマンだッ」
ビシッと勇ましいポーズをとるアユミの隣で、アマンは頭を抱えてうずくまる。
「ふざけた奴らだ! やっちまえ」
御者の命令で二匹のオークが斧を振り回しながら向かってきた。