【第179話】ネズミのような男

「けッ! オレたちゃまんまと利用されたってわけかよ」

 猿人ショウジョウ族の戦士シャマンが目の前のニンゲンに向かって不満の言葉を吐き捨てた。
 そこはお世辞にも居心地が良いとは言えない、雑然とした小さな酒場である。
 ハイランドの首都カレドニアの一角、木造の家屋が多くひしめき合うスラム街にある。
 客入りは七分、ほとんどの者がみすぼらしい格好をしており、静かに飲む者、毎日の生活に悪態をつく者、希望が見いだせないとむせび泣きながら酒をあおる者など、聖賢王と湛えられたシュテイン王の時代からは想像がつかないほどの荒れ模様が垣間見れた。
 だがこれは、この国の一部などではないのだ。
 今や多くの国民が貧困にあえいでいる。
 シュテイン時代を知る者はその凋落に落胆し、その時代を知らない若者たちは生まれ落ちた時代の不遇に憤慨していた。

 とはいえそれはこの国に住む者たちの問題。
 異国からやってきた冒険者であるシャマンたちには関係ない事であった。
 いや、むしろ現状は自分たちの方が切羽詰まってると言える。

「敵の正体も数もわからねえのに一方的に狙われてるんだからな」
「原因はお前たちが受けた〈箱の運搬〉という依頼だよ。〈パンドゥラの箱〉を見つけたと吹聴してまわったそうじゃないか」
「そうやれっていう依頼だったんにゃ」

 目の前のニンゲンにシャマンとメインクーンが答える。
 小柄で、下から相手の顔をねめつけるような視線の主だ。
 細い目と鋭い出っ歯が特徴的。

(人間のくせにネズミみたいな顔をしている)

 最初に会った時、シャマンの表情からその感想を読み取ったこの男は笑いながら「そうさ、オレの通り名は〈ネズミ〉ってんだ」と名乗ったのだ。

「依頼は王国直営の冒険者ギルドから受けた正規のものだったよ」

 シャマンの隣に座るネコマタ族の盗賊少女メインクーンがそう言った。
 彼女はしなやかな体をぴっちりと覆う黒いキャットスーツをまとい、油断なく周囲を観察しながらこの会話に参加していた。
 常に膝を曲げ、椅子には浅く腰掛け、何かの瞬間にはすぐに飛び離れる用意を怠らない。
 なにせ自分たちをつけ狙うもの以外にも用心せねばならないのだ。
 何故なら目の前のネズミと名乗るこのニンゲンも、到底信頼のおける者ではないからだ。

「そうだな、あの冒険者ギルドは真っ当な商売をしている。それは確かだ。だからこそあの依頼に訝しんだ主人が、お前らのような異国から流れ着いた冒険者グループに振ったんだろうよ」
「けッ! そりゃありがとうよ」

 悪態をつくシャマンがジョッキに注がれた酒を一息に飲み干す。

「この国に長いこと居れば〈箱の運搬〉という表現には二の足を踏むのさ」
「そんなにヤバい物なの?」

 ネズミの今更な忠告にメインクーンが尋ね返す。

「〈パンドゥラの箱〉の伝説は知ってるか? ハイランドを創りし奇跡の数々を与えたもうた尊い遺物だ」
「それぐらいなら知ってるよ」
「だがあくまで伝説だ。実在するかは誰もわからん。だがな、そんなもんを手に入れようとしたらだ、その目的はなんだ?」

 シャマンとメインクーンが首をひねる。

「わからん」
「わかんにゃい」

 ネズミがふぅ~っと息を吐き、静かに答える。

「箱はこの国にとって偉大なる救世主の象徴だ。わかるか?」
「なんとなく」
「この国は今、救世主をみんなが求めている。ただひとりを除いて、な」

 意地の悪い笑みをこぼしながらネズミが二人を見る。

「わかるか? 救世主が現れたら、とって代わられるのは誰だ?」
「もしかして……国王?」
「そして本物の〈箱〉が……まあ、実在するとしたらだが、その秘密を今も守り続ける者がいるとしたら?」
「私たち、知らずにとんでもないデマを流してたってこと?」
「さらに、救世主になりたいと思っている奴が他にもいたとしたら?」
「あ~っ、もういいわかった」

 シャマンがうんざりした顔でネズミを遮る。

「オレたちを付け狙う奴はいくらでも湧いて出るってことだな」
「キヒッ! そういうことだ」
「何とか止めさせてもらえない? ギルドの力でさ」

 メインクーンがネズミに尋ねる。しれっと上目遣いで、相手の心に訴えるように。

「お、おう。そうだな……」

 少し頬を紅潮させながら、ネズミは目の前に置かれた革袋の中身を確かめる。
 中にはシャマンたちが稼いだが売れなかった〈緑砂の結晶〉が詰め込まれていた。
 随分な量である。

「相場が下がっているとはいえ、この量だ。そうだな……」

 しばらく黙り込むネズミの回答をシャマンとメインクーンは待った。

「あとは、情報だな。もう一度お前らが受けた依頼人について、詳しく話してくれ」
「さっき話したろ? また話せってのか」
「概略程度では気付かんこともある。情報は詳しいほど打つ手も増える。ま、嫌ならこの話はここまでだ。せいぜい長生きしろよ」
「ちょちょちょ、ちょっと待つにゃ!」

 椅子をひき、席を立ち上がりかけたネズミの袖を引き、メインクーンが慌ててシャマンを嗜める。

「シャマンはもう黙ってるにゃ。後は私が話すからッ」
「だけどよ……」
「ようやくアポの取れたギルドの幹部にゃ。情勢の知れない異国の地で、その街の盗賊ギルドまで敵に回して生き残る自信はないにゃッ」

 メインクーンのいつにない迫力に、さすがのシャマンも黙り込むや、片手を仰いで了解の合図とした。

「キヒヒッ。お嬢さんはなかなか裏の世界に詳しいようだ」
「姉がね、ギルドに所属してる盗賊なんで」
「ほう。どこのだ?」
「マラガ」

 ネズミの片眉がピクリと動く。

「盗賊都市マラガ、か。大した腕前のようだな」
「そんなことないと思うよ」

 メインクーンの答えは素っ気ない。
 実際シャマンもメインクーンの姉については何も知らなかった。

「それより話、始めてもいい?」
「ああ。聴こう」

 コクンと頷くと、メインクーンは早速話を切り出した。

「私たちを雇った依頼人は〈ファントム〉と名乗った。目元をマスクで隠した妖しい奴で、名前の通り幽霊ファントムみたいにうすら寒さを感じさせる男だったにゃ」

※この作品は小説投稿サイト「小説家になろう」にて掲載、鋭意連載中です。

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