【第161話】十二の月二十四日〈銀姫〉

 ――聖刻歴一万九〇二一年十二の月二十四日未明。

 砂漠の王国エスメラルダもこの時期この時間は冬の冷気に包まれていた。
 しかし銀姫こと秋枝ナナの心身は炎のように火照っていた。

 騎兵と掲げられた松明の灯が長い行列を成し、王城へと続く街路を煌々と照らし出す。
 先頭を行くナナに付き従うのはこの国の誇る精鋭部隊、〈翡翠の星騎士団〉である。
 女性が人口の大半を占めるこの国で、女性のみで構成された騎士団であり、その数は五万を下らない。
 それを指揮するのは〈処女騎士〉と呼ばれる五人の隊長である。
 一番隊から五番隊まで、それぞれ一万ずつの騎兵を指揮する。
 特筆すべきはその五人の乗馬である。
 白く清廉な毛並みに美しくしなやかな筋肉、そして頭部に生えた一本角。
 心清き乙女にのみ、触れられることを良しとする精霊馬、ユニコーンである。

 ユニコーンは人間よりも精霊に近い存在であり、そのため生息地域は限られる。
 ここエスメラルダから最も近い生息域はセンリブ森林。
 人さらい集団と揶揄されるエルフの領域である。
 ナナと五人の処女騎士に続く隊列の中ほどに、そのエルフたちはいた。
 全員檻の中だ。
 何台もの護送車が列を成している。

 ナナはエルフを許していなかった。
 ハナイの救出に失敗したセンリブ森林への無断出撃以降も、エルフによるこの国でのかどわかしはなくならなかった。
 いや、むしろその被害は増えつつあった。
 頻発する事件に対し、業を煮やしたナナは何度もエルフ討伐を打診したが、大司教ライシカは首を縦に振らなかった。
 だがその頻度が増すことに国民が黙っていなかった。
 ついに民意がナナと騎士団を動かしたのだ。

 エルフ許すまじ。

 その動きをライシカは止められず、ついにナナと騎士団はセンリブ森林の奥地にこもるエルフたちを討伐したのである。
 幸いなことにこの数ヶ月で新たにさらわれた娘たちは、エルフたちの立てこもったマルーフ砦にて救出された。
 全員衰弱はしていたものの、命に別状はなく、このことがさらにナナの人気を押し上げることになる。

 夜明け前だというのにナナの凱旋をほとんどの国民が出迎え、祝福している。
 街路に大勢の人々が立ち並び、周辺の建物の窓という窓からも人々が顔を出し喝采を浴びせた。
 そして護送車が通るとエルフに向かい罵詈雑言が飛ぶのである。

 その様子をライシカは城壁上で静かに見つめていた。
 周囲に人の気配はなく、あるのは煌々と焚かれたかがり火だけである。
 いや、気配はあった。
 そのかがり火の灯りが生み出す城壁の影に、ひとりのエルフが佇んでいる。
 エルフの女王とこのライシカの間を繋ぐ役目を負ったナ=シという名のエルフだ。

「やってくれましたね、ライシカ殿。これでエルフわれらエスメラルダあなたの協定は破棄されましょう」
「協定ではない。密約じゃ」
「仲間の即時解放を要請します」
「……」
「ライシカ殿に銀姫ほどの人望がありますれば出来ましょう」

 キッ、とライシカが影に向かい睨みを利かす。

「そもそもお主たちが無差別に拐かしを行い始めたのが原因ではないか。わたくしの指示通りに敵対、反抗する者だけを適時選んでおれば……」
「真の原因はあなたにこそありましょう。ハナイ司教をエサに我らエルフに銀姫を差し向けた。政敵を除去するでなく、懐柔する方向へ策を巡らすべきだったのです」
「……」
「気を付けることです、ライシカ殿。今やあなたにとって敵は銀姫だけではない。我らエルフと、この国の民意までもがあなたに牙を向けることになるのです」
「エルフの女王はなんと言っておる」

 そのライシカの質問に答えはなかった。
 ナ=シはすでにその気配を消していた。

「ふん。答えずともわかる。女王は行方不明なのであろう」

 盗賊都市マラガが壊滅したことは当然承知している。
 そのためさらった娘たちを奴隷商人に引き渡すこともできず、エルフたちの手元に止め置くしかできなかった。
 女王が数ヶ月前にマラガへ向かったという未確認の情報も得ている。
 目的は不明だが、長寿のエルフである。
 隠された裏の顔をいくつ持っていてもおかしくはない。
 しかしマラガが壊滅してからの足取りはつかめていない。
 死んだという可能性もあるが、確認できぬ以上それを前提に考えることは論外だ。

「気を付けるべきは銀姫とエルフの残党」

 逆に前向きな策としては……。

「クァックジャードの調停か……そろそろ支配の宮殿ヴァルテン・パラストにて妖精女王ティターニアと交渉しているころか」

 ライシカにいつもの笑みはなく、遠い南方の荒れ地に思いを馳せた目には凶悪な火が灯っていた。

「アーカムの化け物ども、あやつらの力は侮れぬ。今は奴らに動かれてはまずい」

 そしてライシカの視線は南から北に移る。

「南の憂いを抑えつつ、我らエスメラルダは北のハイランドを狙う」

 そのためにも銀姫という駒を使いこなさねばならぬ。

「積年の大願、狙うには今を置いてない」

 王城の扉が開かれる。
 凱歌を謳う国民の声がいや増しに聞こえる。
 銀姫がついに到着したようだ。
 すぐにサトゥエ女王に謁見するであろう。
 今宵はひとまず、束の間訪れた平和を祝してやるとしよう。

 ライシカは先程まで燃やしていた凶悪な眼光を消し去り、能面のような無表情で城内へと戻っていった。

※この作品は小説投稿サイト「小説家になろう」にて掲載、鋭意連載中です。

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