
強引な起こし方だった。
何処へと連れ去られたミナミが目を覚ましたのは巨大な水槽の中だった。
透明度の高い、澄んだ真水がなみなみと湛えられた水槽で、深さは二メートル、幅はそれ以上の水槽だった。
気を失ったままのミナミはそこへ突き落とされ、大量の水を飲み、咳き込みながら顔だけを水面上に避難させた。
その頭を押さえつけられ、再び水の中に沈められる。
予期していなかった荒っぽい扱いに動揺を隠せない。
水面に顔を出しては押し込まれ、出しては押し込まれを数度繰り返した後、脱力したミナミはようやく両脇を抱えられ水から出してもらえた。
うつろな目で自らを支える者の姿を見る。
「ッ!」
悲鳴が喉まで出かかった。
ミナミを支えていた者は悪魔のような姿をしていた。
痩せていて小柄、全身が黒光りするゴムのようで、小さな羽と長い尾を持つ。
特筆すべきは、その者には目も鼻も口もなく、顔は黒一色ののっぺらぼうなのであった。
同じ者が何匹も周囲を徘徊している。
「よし、夜鬼どもよ。三十時間おきに金姫をそうして聖水で清めるのだ」
恐怖を呼び起こす声がした。
恐る恐る声の主を探すと案の定、そこにズァを名乗る偉丈夫の姿があった。
「……私を、どうするの……」
「身体を清め、休息を与える」
「……」
「ゴーントどもよ。十時間の休息の後、施術を行え」
「なに? なにをするの」
不安を抱えたまま、ミナミは再び訪れた強烈な眠気に抗えず、そっと意識を失った。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
どれぐらい眠っていただろうか。
目覚めたとき、ミナミは慌てふためいた。
「んっ! んんッ! ……動けない」
両腕を左右に伸ばし、両足は揃えられ、少し目線の高くなる位置で、どうやら磔にされていた。
少し身体がきつい。
わずかな身動ぎしかできず、一切の抵抗が許されない現状に恐怖を覚える。
それと共に、まるですべてをさらけ出し、晒されている感覚に焦りと羞恥も加わった。
よほど慌てたのだろう、しばらくしてからようやく周囲に目が行き届き始めた。
裸ではなかった。
日本にいたころ、よく目にしたロボットアニメのパイロットスーツのようなものを着せられていた。
色は金。
身体に吸い付くように密着し、ボディラインまではっきりと出ているところがそのものだと思った。
その着せられたスーツにはいくつものチューブが繋がっていた。
チューブは肩や腰、手首や足首から繋がり天井に伸びている。
目の前に、静かに見つめるズァがいた。
「ここはどこなの……」
「ゴルゴダという、お前たち姫神の処理場だ」
「ッ!」
ミナミの背中に一筋の汗が伝う。
「渡来ミナミ。金姫よ。お前は脱落したのだ。この世界を創造する、姫神戦役からな。ゴーントども、始めよ」
「な、なにを!」
ズァの命令でチューブから唸る音が聞こえてきた。
「お前のマナをいただく。姫神の素質のある娘からは良質なマナが大量に抽出できるのだ」
「なに……それ」
確かにチューブを通して何かが吸い取られていく感覚がある。
しかし血液検査で血を抜かれる以上には感じない。
「自覚はなかろう。だがお前たち姫神の持つマナは純度が高く、この世界の維持に必要不可欠なのだ」
「どういうこと……」
一呼吸、間を開けてからズァは答えた。
「……この世界は〈消滅の危機〉に瀕している。いや、瀕していた、というべきか」
答えながら視線がさまよっている。
その目は今を見ておらず、遠い過去を見ているようだった。
「消滅?」
「そこで我らは考えたのだ。マナという超常の力を支えに、この世界を維持する方法を」
「われ、ら?」
「〈力〉と〈智慧〉、そして〈心〉だ」
「こころッ」
〈心〉……その言いように心当たりがあった。
一瞬、ミナミの脳裏に記憶がフラッシュバックする。
「私に、この力をくれた……」
「思い出したのか? そうだ。お前たち姫神を導いた者、そしてオレとは違う方法で救世を成そうとしている者だ」
ミナミの頭は混乱していた。
これは現実の話なのか、抽象的な話なのか、あるいは神話の世界に飛び込んだのか。
「理解できぬか? そうであろう。我らはすでに一万年以上の長きにわたり繰り返してきたのだ。小娘にわかろうはずがない」
わからなかった。
「だが今日までこの世界を守り続けたのはオレだ。〈心〉は姫神が可能性だという。だがオレはそうは思わん」
ズァが真っ直ぐにミナミを見る。
その目は人を見る目ではなく、その目はまるで……。
「姫神はマナの塊だ。この世界の崩壊を食い止めるための、資源にすぎん。消耗品だ」
そう、ズァの目はミナミを資源、栄養素、あるいは家畜のエサ程度にしか見ていないのだ。
「〈心〉は……あの人は私に、世界を創造しろと言った」
「お前だけではない。過去、何百人もの姫神となった小娘たちに同じことを言ってきた。だが、この世界を救えるほどの創造力を発揮した者はいなかった」
「なん、びゃくにん……」
「そうだ。そしてそれと同じ数の姫神を、オレはこの世界を救うためのエサとしてきたのだ」
息を飲んだミナミに言葉は出てこなかった。
「お前からもマナをいただく。できるだけ多くのマナを、できるだけ長い時間をかけてな。一年や二年ではすまんぞ。何十年もかけて、お前の寿命が尽きるまで、毎日毎日マナを抽出する。それがオレの役目。それが姫神らの役目だ」
何十年……毎日、毎日…………何もできず、ずっとこのままで。
「う、うあぁぁぁぁああぁぁぁ! 転身! 姫神ッ!」
ミナミが叫んだ。
絶叫だった。
ズァは太い腕を組み、その様を静かに眺める。
「無駄だ。ここにお前の神器はない。転身できぬお前にここを脱出するすべはない」
「転身! 姫神ッ! てんシんッ! ひメがみィッ!」
ゴーントたちが騒ぐミナミのそばへと集まった。
泣き叫ぶミナミの口を枷で封じ、その口枷に空いた穴にもチューブを差し込む。
先端が喉の奥にまで突きこまれミナミはえずいた。
「安心しろ。お前たち姫神は貴重な資源だ。乱暴はせぬ。三十時間おきに休息も与えよう。ただし、残りの人生はここでマナを吸われ続けるのだ。それ以外の全てを許さぬ」
憐憫も、同情も、まして憤怒なども見せず、ズァは一瞥をくれると暗闇に消えていった。
ゴーントたちも姿を消し、その場には磔にされたままのミナミひとりだけが取り残された。
(このまま……一生……ここで、このまま……)
腕に力を込め、身体を揺り動かす。
必死にもがくが拘束は緩む気配もない。
――しあわせって、なんだろう……
――思うにしあわせってさ、何を目指して生きるかってことじゃないのかな?
――ねえ、生きるって、なんなのかなあ、レッキス?
――なんかこう、生きる意味っていうか、しあわせの在りかたと言うか
――私の、しあわせは……
在りし日の自分の問いかけが聞こえてくる。
「わたしの……しあわせ……は……」
たったひとりの空間に、嗚咽交じりのか細い声だけが…………………。






