【第154話】ハグッて、猛牛男子! イケメンセレブにギュウってされて…超特盛版

 チンッ! ガァァァァァァ。

 だいぶくたびれた社内唯一の小さなエレベーターが、大柄でふくよかな体格をした女子社員の前でガタガタと軋みながらその扉を開いた。
 中にいた先客と目が合った。
 
「あっ、フ、フフ……悪魔と相乗りする気はあるかい?」
「……はぁ、乗ってもいいですか?」
「……あ、えと、はい」

 同じ女子社員用の事務服を着たその先客が恥ずかしそうにうつむいたところで扉が閉じた。

「……」
「ミナミさん。恥ずかしがるならそんなセリフ言わなきゃいいでしょうに」
「ふ、ふっちゃんのノリが悪いのが悪いんだよぉ」

 そう言って渡来わたらいミナミとふっちゃんこと、富士山女史は狭いエレベーター内に並んで立った。

「さっきのセリフ、何か元ネタでもあるのですか?」
「うん。今ハマってるゲームのフレーズです。牛丼屋でね……」
「ふうん」

 そこに興味はない富士山女史は、とっとと話題を切り替えることにした。

「そういえばミナミさん、この前営業の綾瀬川くんに声かけられてませんでしたか」
「あー、うん。二人で飲みに誘われました」
「うらやましいこと。オーケーしましたか?」
「え、と、はい、ぜひ! て言いました」
「ほほう。それで?」
「それで……その日から緊張しちゃって、これは無理だと、次の日に断っちゃいました」
「断っちゃったのですか?」
「はい……で、顔合わせずらくて、もう二週間、避けてます」

 消え入りそうな返事だった。

「あーらら。もったいない。ミナミさんは人見知りが過ぎますね」
「それが悩みです」
「彼のこと、悪い気はしないんでしょう?」
「うん、まあ、わりと、ありです」
「なら人見知りもほどほどにね。損しますよ」
「うう、次は断りませんから」
「がんばれ」

 そのような会話の後、富士山女史と別れたミナミは直後、先刻の話題に上った彼が喫煙所で同僚と雑談している場に遭遇した。

(あ、丁度よかった。この前のこと謝ろう。それで今度こそ……)

「綾瀬川。お前このまえ飲みに誘ったって子、どうだったんだ?」

 声をかけようとした寸前で自分が話題に上っていることに気が付き、慌てて物陰に隠れて耳をそばだててしまった。
 こうなってはもう出るに出れないとわかりつつ、つい。

「それが一度はオーケーくれたのに、二人っきりだと緊張するからやっぱりやめます、って断られたんすよ」
「緊張?」
「そうっす。それって断る時の常套句じゃないっすか。そんでその後ぱったり。オレの前にまったく現れないんすよ。嫌なら最初に断ってくれよって」
「それっきり顔も合わせてねえの?」
「きっと今ごろ他の女子社員相手にオレのこと笑ってんすよ」
「ま、女にはめげずに何度かアタックしねえとな」
「そりゃ先輩の時代はそうでしょうけど、今はしつこいとセクハラだストーカーだと喚き散らされる危険がありますしね」
「そんな女は一部だと思うけど、下手に声かけねえほうが無難ってか」
「そもそも女ってのは何度も何度も誘われて当然、だなんて思い違いしてんじゃねえっすかね」
「ははは」
「普通に、断られたらもっと反応のいい別の女に切り替えるに決まってんでしょうよ」
「お! 当てがあるのか」
「……誰か紹介してくれません?」
「わははは」

 次第に声が遠ざかる。
 どうやら二人は笑いながら自分たちの部署に戻っていったようだ。
 結局声をかけることのできなかったミナミは、しばらくその場に佇んでいた。
 ややあって、自身のスマホを開いてみる。

「はぁ、なんだ……だからあれっきり何の連絡も送ってこなかったんだ。そうなんだ……」

 なんとなく、呆然としたまま自分の席に戻ったミナミは、その後の数時間、ありえない数のヘマをしでかし続けてしまった。

 ◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆

 カポーーーーッン!

「はぁ~、幸せって、なんなんだろう」

 温めの湯船に浸かりながら、難題の答えを模索する。
 今日はいろいろあった、ように思う。
 なんとなく傷つき、それとなくへこみ、どうしたものか憂鬱な気分。
 せめて一日を楽しく終わらせようと、冷蔵庫にいつもよりワンランク値段の高いスイーツを入れてあるのだが。

「やっぱこれだな~」

 無理に明るい声を出しつつ、浴槽内でスマホのアプリを開いてみる。
 画面にたくさんのイケメンが並ぶイラストが表示される。

「現実の男なんて無理だわぁ。私、今はこっちでいいもん」

 ミナミが始めたのはいわゆる乙女ゲームという類のものだ。
 自身の名前を登録できる女性主人公に対して、複数のイケメン男子が言い寄ってきてくれる。
 現実にはなかなか味わえない、夢のようなシチュエーションに浸れるのだ。

 今ミナミが嵌っているのは『ハグッて、猛牛男子! イケメンセレブにギュウってされて…超特盛版』というゲームだ。
 名門男子校に特例で入学することになった平凡な女子(主人公)が、四人のイケメンに好かれてしまうという内容だ。
 その四人には共通点があり、実はこの日本の食と経済を裏で支配する〈四大牛丼チェーン店〉の御曹司たちなのである。
 登場人物は、マッスル最高スポーツマン芳野矢よしのやに、雑学豊富理系メガネ松弥まつや
 お調子駄メンズ数寄屋すきやに、うどん可愛い後輩中鵜なかう
 そしてこのゲーム最大の特徴は、高校三年間を過ごし、ゲームクリアーとなる卒業時に告白された相手の牛丼店、そのリアル店舗で使える〈牛丼並盛五十円引きクーポン(店内飲食のみ)〉が一枚もらえる点にある。
 これはこのゲームのスポンサーに〈四大牛丼チェーン店〉全てが協賛していることから可能となった特典であり、そのおかげか今このゲームはセールランキングでトップをひた走っている。
 ミナミはすでにこのゲームを三周しており、その都度違う店のクーポンをゲットしていた。
 そして今まさに四週目、最後のひとりをターゲットにしたクライマックスに差し掛かっていたのである。

「あぁ~もう少しだ~。一番の推しを最後に残してたんだよ~。さあさあ告ってぇ~、って、あっ!」

 ポチャンッ!

 なんとスマホを湯船の中に落としてしまった。

「やばっ……」

 ゴツン!

 慌てて手を伸ばした際に体勢が崩れ、体が浴槽内で滑ってしまった。
 そして運悪く、浴槽の縁にこめかみのあたりを強打したらしい。

(あれ? …………うそ……)

 ミナミは信じられない面持ちのまま、浴槽内で意識を失った。

※この作品は小説投稿サイト「小説家になろう」にて掲載、鋭意連載中です。

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