
ミナミが地面を蹴り上げて大空へ飛び上がったのとほぼ同時に、その場へ憲兵たちがなだれ込んできた。
最前線で飛び込んだのは憲兵らを束ねる〈正義の鉄槌神ムーダン〉の神官戦士フリッツであった。
飛び上がるミナミと一瞬目が合ったのだが、
「おのれ!」
フリッツは激怒した。
目の合ったあの一瞬、ミナミはフリッツに向かい、笑ったのだ。
あれは、してやったり、という笑みだった。
フリッツはそれを嘲笑ととらえた。
それはとても許しておけない態度である。
彼は自身を過少に評価されることを極端に嫌うからだ。
「撃ち落とせッ」
金姫は生け捕りにせよという指令も忘れ、フリッツの怒号が響き渡った。
続々とやってくる憲兵たちが弓に矢をつがえポツポツと撃ち上げる。
しかし上空にはすでに浮遊石嵐ガム・デ・ガレの激しく巻く空気の渦が矢をすべて届かぬものにしていた。
「クソォッ」
フリッツは罵り声を上げる同じように上空を見つめていたスイフト爺を掴み上げた。
「貴様! 何故みすみす奴らを行かせたりしたッ」
「ほっ、無茶を言う。そなたを出し抜くような手合いを、この老いぼれが止められるわけなかろう」
「おのれィ」
この小さな老人にまでコケにされていると感じ、つい拳を握りこんでしまったが、ぎりぎりで踏みとどまると歯噛みしたままその拳をゆっくりと降ろした。
「貴様の知識は今後とも役に立つ。今回は、不問にしてやる」
「……」
「チッ! 何をぐずぐずしている! 街へ戻るぞ。すぐに追撃隊を組織する」
それ以上スイフト爺の方を見ようともせず、フリッツらは〈聖域〉から撤退した。
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超高速で上空を滑空するミナミだが、思ったよりも上手く飛べずにいた。
原因はすぐそばに迫ったガム・デ・ガレに他ならない。
強風に加えその周囲を飛翔する多くのジンユイ、そして嵐と共に飛び交い、時にお互いで激突を繰り返す巨大な浮遊石の衝撃のためだ。
それらが想像以上にミナミの加速を妨げていた。
「投げた大木は見えているのに!」
確かにミナミの視界の先に仲間がしがみついた大木が飛んでいるのが見える。
そのあまりの剛速球張りのスピードにジンユイたちもひらひらと避けていく様が見えた。
ズズンッ!
その時ミナミの目の前に嵐の中から巨大な浮遊石が顔を出した。
ガム・デ・ガレの中で衝突を繰り返し、嵐の外まではじき出された大岩だった。
「んっ!」
飛びながらミナミは大剣を振るい巨岩を粉砕する。
飛び散った浮遊石の破片を足場にして駆け抜けるように助走をつけると再び空中で加速した。
「今ので大木を見失っちゃった」
焦ったミナミだがすぐに風を切る音を聞き、自分に飛来する一本の矢に気が付いた。
「ッ!」
正面から飛んできた矢を空中でキャッチする。
その矢にはとても細くて丈夫な鋼糸が結び付けられていた。
「メインクーン!」
猫耳族ネコマタの盗賊少女が放った矢だった。
掴んだミナミは強い力で引っ張られる。
大木の枝葉に身を預けながら、シャマンとウィペットが必死に矢に繋がった鋼糸を手繰り寄せてくれていた。
「みんなァ」
ほどなくしてミナミは大木にたどり着き、仲間との再会を果たせた。
「はあはあ、ミナミ、お前結構重たいんだな」
「同感だ」
「ちーがーう! 風のせいだよ」
ゴウゴウと逆巻く風がやかましい。
お互い大声を出さないとまるで聞こえない。
「それで、これからどうする?」
「え?」
「え? じゃなくてよ。これからどうやって着地すんだ? もう森は抜けたぞ」
たしかに。
眼下にはすでに砂漠が広がっている。
人家もなく、無人の緑砂の世界だ。
「このままじゃあそのうち墜落するぞ。どうすればいい?」
「え、と」
「あん?」
「ごめん」
「なに?」
「着地まで、考えてなかった」
「なぁにぃ!」
徐々にスピードが落ちてきた。
それに伴い高度も下がってきたようだ。
「ど、ど、ど、ど、どうしよう! どうしようみんなッ」
「おめぇが一番慌ててんじゃねえよミナミ」
「そうよ! 最悪でもあんただけは無事で済むでしょうに」
「いや、そぉいうわけには……」
おろおろと周囲に首を巡らすミナミ。
そのうち視線がメインクーンの上で止まった。
「あっ」
「なんにゃ?」
「糸」
「ん?」
「メインクーンの糸でジンユイを複数捕まえて、この大木を吊り下げたまま飛ばすとか」
見ると多少嵐から距離が開いたものの、無数のジンユイはまだメインクーンの矢の射程圏内を飛翔している。
「くそ! それっきゃねえか。やれるな、クーン?」
「はいにゃッ」
一息に二本の矢を放つ。
その二本ともが一匹のジンユイに命中する。
「手繰り寄せろ!」
シャマンとウィペットが先ほどミナミにしたように糸を引きジンユイを引き寄せる。
続けざまに別のジンユイに矢が命中する。そっちはミナミがひとりで手繰り寄せる。
「糸を枝に結ぶんだ」
なんとか重い糸を引っ張り、枝に括り付けていく。
ジンユイを狩るのに使用する特殊な鋼糸だからできることだ。
それでも大木と一行の重量、強風による抵抗でわずかな軋みを上げている。
同様の手順を根気よく繰り返し、どうにか四匹のジンユイを括り付けることができた。
「よし、これなら落ちるにしてもある程度ゆっくり高度が下がることだろう」
「ちょっとまって!」
メインクーンが声を上げる。
全員イやな予感がした。
この猫が制止の声を上げる時、それは決まって緊急事態が起きた時なのだ。
「な、なんだ? メインクーン」
メインクーンが凝視しているのはガム・デ・ガレの中であった。
相変わらず浮遊石同士がぶつかるすさまじい衝突音だけが響いてくる暗黒の世界だ。
全員がその嵐を凝視する。
そのうちメインクーンが何を心配しているのか、言わずとも理解した。
「おい、あれって」
「そうね」
「だんだんデカくなってねえか?」
「それってつまり」
「ああ、そのようだ」
「こっちに向かってきてるんだ!」
ドバァッ!
嵐の強風の壁を突き抜けて、中から現れたのは巨大な巨大な甲殻魚。
「ヴァルフィッシュだ!」
ジンユイなどとは比較にならない。体長は優に三十メートルを超す。
神の化身。
神聖なる砂海の守護霊獣。
浮遊石嵐ガム・デ・ガレの主。
様々に呼びならわされ、砂海の住人に崇め奉られている存在。
その霊獣が大きく口を開け、そして一行を大木ごと、パクリと、飲み込んでしまった。






