【第133話】逃走

 なにやら異形の者たちに話しかけられたことはわかったが、三人は状況が飲み込めずにいた。
 相手の不気味な姿に怖じ気づいたのもそうだが、なにより言葉がわからず聞き取れなかった。

「待って、何? 何て言ってんのかわかんないよ」
「それよりもこの人たち、に、人間なの?」
「落ち着いてサチ! 相手を刺激しないで」

 サチとメグミはパニックを起こしかけている。
 かえってそれがユカ自身の冷静さを取り戻せた。
 落ち着いて相手を観察してみる。
 見たところ人間に近い生物なのは確かだ。
 会話を試みたという事は交渉の余地があるのだろう。
 ただ、立ち居振る舞いは野蛮な印象で、身に着けている衣服からもあまり文明の匂いがしない。
 ほぼ半裸に近い格好で、未開の部族を想起させる。
 携帯や時計といったものは持ち合わせていないようだ。

 その時、目の前の両腕が鎌のように細長い男が突然イキりたち、地面に転がった大きめの岩をぶっ叩いてわめきだした。

「ッ!」
「ひッ」
「きゃぁっ!」

 三人は驚き身をすくませた。
 相手がこちらの対応に機嫌を損ねたらしい。
 なんといっても困るのが相手の言語がまるで意味不明なことである。
 英語でもスペイン語でも中国語でもない。
 何かを質問してきているようなのだが、意味を理解せずに曖昧な返答をするわけにもいかない。
 だが鎌腕の男はあまり気の長い性格ではなさそうで、返答に窮するこちらに向かい早口で何かをまくしたてた。

「サチ」
「な、なに?」
「さりげなく、スマホで警察に通報して」
「つ、つながる?」
「わかんないけど、なんかヤバいよ。GPSとか何かでどうにか助け呼べるかもしんない」
「わ、わかった」

 サチがバッグからスマホを取り出す間、ユカは相手をなだめようと両手の平を胸前に出してひきつった笑顔を作る。

「ご、ごめんなさい。あなたたちの言葉、わからないの。それにここがどこなのかも……って、日本語、わかります?」

 異形の者共が顔を見合わせる。
 どうやらお互いの言葉が通じないことは伝わったらしい。
 何やら顔を突き合わせごにょごにょと相談を始めた。
 なるべく友好的にこの場を切り抜けたい。
 そう思うユカの期待とは裏腹に、相手の出した結論は粗暴なものであった。

「ギシャァア!」

 その奇声が合図となって、異形の者共が三人に襲い掛かってきたのである。

「イヤァ!」
「逃げてッ!」

 慌てて三人は背を向け走り出した。

「だ、誰かぁ!」

 無駄と知りつつも大声を上げ助けを乞う。
 しかし見渡す限りの荒野で都合よく助けてくれそうな人などいようはずがない。
 三人は転びそうになりながらも必死になって走った。
 異形の者共はそんな三人を囃し立てるように追いかけてくる。
 すると突然、サチのスマホから大きな電子音が鳴り響いた。

「ひゃぁっ」

 画面を見るとこの時間にセットしておいたアラームがバイブ機能とともに鳴り響いていた。
 慌てたサチは震えるスマホを取り出す際にバッグを落としてしまう。
 だがそのアラーム音に驚いたのはむしろ異形の者共であった。
 聞き慣れない電子音に見慣れないカラクリ板を見て足が止まる。

「なんでアラーム鳴らしてんのよ!」
「バイトの時間なの! 忘れないように」

 そこで閃いたサチはスマホの簡易ライトをオンにして、異形の者共の目に向けた。
 強い光を目に直射され一瞬奴らが顔をそむける。
 サチの持つスマホが奴らにとっては正体不明のカラクリ過ぎて明らかに動揺していた。

「今のうちッ」

 三人は全力で走った。
 こんなに走ったことはない。
 去年まで中学で陸上をやっていたサチはともかく、ユカとメグミは息が上がり足が上がらなくなってきた。

「隠れよう!」

 息を切らしつつ三人はみつけた崖下のくぼみに身を滑り込ませた。
 荒い呼吸を口を抑えて押し殺す。
 心臓がバクバク言っている。
 汗なのか、雨なのか、濡れた制服が肌にまとわりついて気持ち悪い。
 肌も制服も土にまみれて汚れきっていた。
 だがそんなことを気にしている余裕はない。
 どれほどの時間、そうしていただろうか。
 身を寄せ合い、息を殺して隠れ続けた。
 やがて十分な時間が経ち、追手がないと安心した三人はくぼみから外へと這い出した。

「追って、来ないね」
「うん」
「怖かった~」

 メグミは背負っていたリュックを下ろすと水の入ったペットボトルを取り出し一口飲んだ。
 ユカもそれを見て自分のバッグからお茶の入ったペットボトルを取り出す。
 サチは自分が身軽なことにようやく気が付いた。

「あ、あたしバッグ落としちゃった……」
「逃げてるとき?」
「うん」
「財布とか入ってたの?」
「うん。あいつらに住所とか身元、バレちゃうかな?」

 サチが不安そうな顔をする。

「大丈夫だよ。あいつら日本語わかんないみたいだったから」

 そう言いつつユカは自分のお茶をサチに手渡し飲むように勧めた。

「これからどうするの~」

 メグミの質問にユカは口を閉ざす。
 理解しているのはここが自分たちの知る日本ではないということだ。
 とにかく家に帰りたい。
 これが夢じゃないとすれば突然テレポートしたのか、はたまた眠らされて誘拐でもされてしまったのか。

「サチ、警察にはつながった?」
「ムリー。電話もネットもつながらないよ」
「え~、Wi-Fiないの?」
「ない、だろう……」

 ユカも自分のスマホで試してみる。
 結果は変わらない。

「47%……」
「え、ユカ、なに?」
「二人とも、スマホの充電、あとどれぐらい残ってる?」
「え、と、あたしは43%」
「メグ残り20%しかない。充電しないとぉ」

 荒野の真ん中でコンセントなどあるはずもない。
 それに外国で持ち合わせの充電器がちゃんと使えるのか自信もない。

「とりあえず、電源切っとこう。どうせ繋がらないし。バッテリー少しでも持つようにさ」
「マップ開けばここがどこかわかるんじゃないの?」
「だから繋がらないんだってば」
「ぶー」
「とにかく、どこか安全な場所を探そ」

 そう提案したユカだったが当てなどあるはずもなく。
 三人は途方に暮れてしまった。

※この作品は小説投稿サイト「小説家になろう」にて掲載、鋭意連載中です。

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