
サチ、ユカ、メグミの三人を追うのを止めた異形の三匹は自分たちの本拠地へと帰還していた。
アーカム大魔境を支配する妖精女王ティターニアの居城、支配の宮殿である。
そこは赤土の断崖をくり抜いて作られた、まるで神殿のような豪奢な居城を中心とした集落であった。
宮殿の周囲には広く木の柵や土壁が張り巡らされ、土を塗り固めた建物が断崖の間を縫うようにして密集している。
しかし真っ先に目が行くのは居城の前に広々と設けられた円形の広場だ。
周囲には石で組んだ観覧席まで用意されている。
一見してなにかの競技場のように思われた。
その広場に多くの群衆が集っていた。
群衆の大半は三匹と同様、体の一部、あるいは大部分が何らかの生物の部位を思わせる特徴をした〈異形〉である。
異形の群れはそろってみな荒々しく、乱暴で凶悪な雰囲気を放っていた。
その広場を抜けようと帰還した三匹に対し、彼らから一斉に罵詈雑言のヤジが飛び交った。
「おいリベレ! ケーファ! ホイシュレッケ! テメェら手ぶらで帰ってきてんじゃねえよッ」
「お姫はどこだァ? 食っちまったのか」
「食ったのか? それでもてめぇら戦闘怪人ケンプファーの称号持ちかよ! おい蜻蛉! 甲虫! 蟷螂」
「お姫じゃねえよな? お神だよな! なぁ、返事しろって」
ヤジはいくつも重なり合って聞き分けるのも困難だったが、ほとんど三匹が手ぶらで帰還したことを責める文言ばかりだった。
「お姫でもお神でもねえ、姫神だ! ギャンギャンやかましいんだよ、テメェらはそんなに頭ァ悪ィから直々に命令も頂けねえんだ! 気付けッ」
両腕鎌のホイシュレッケがこめかみに青筋を立てながら怒鳴り返した。
「構うなホイシュ。とっとと宮殿へ行くぞ」
頭に黒い一本角を生やしたケーファに急かされ、三匹は断崖にそびえる宮殿へと入った。
中は表の喧騒とは打って変わり静寂に包まれていた。
意外にも宮殿内は清潔に保たれており、掃除が行き届いているだけでなく、立派な調度品や美術品の数々が見た者を圧倒してくる。
三匹には価値も歴史も測れない代物ばかりだが女王の支配力はひしひしと伝わってきた。
「はぁ。相変わらず立派なもんだなぁ」
「オレたちのように異形の戦闘員は滅多に入城が許されんからな」
「ティターニア様は美しい物好きだしなぁ」
宮中には見目麗しいものしかいられない。
その結果、女が大半を占めることとなった。
衛兵も、侍従も、小間使いから料理人、果ては拷問吏から囚人に至るまでを女が占める。
異形の女もいればそうでない女もいる。
亜人もいればニンゲンもいる。
ここには世界各地から流れ着いた、様々な人種がいた。
その雑多な世界をまとめ上げるのに必要な約束事はひとつ。
強く美しい者が支配する。
露出の多い鎧をまとった女兵士に先導され、三匹はティターニアの御前に控えた。
ここは妖精女王ティターニアの謁見の間。
百人は優に入れる広間で、壁や柱はすべて青い大理石でできている。
濃淡の青が波打つ模様のこの広間を見ていると、表の赤土の世界から深海の底へと迷い込んだ錯覚に陥る。
正面に幾重にも重ねられた天鵞絨で囲われた玉座がある。
そこに女王が現れた。
赤紫色をした長い髪を複雑に編み込んだ髪型。
白い肌、赤い紅、目元を覆う赤いバタフライマスク。
そして見る角度によって緑や黄色に変わって見える煌びやかなドレス。
体を強く締め付けるかのようにボディーラインを強調しており、艶めかしい。
だがそれ以上に目を引くのが羽。
飾りではない。
ティターニアの背中から大きく蝶の羽が広がっているのだ。
その模様は幾何学的で美しく、筆舌に尽くしがたい。
美を愛でる妖精女王にこそふさわしい羽といえた。
その女王が腰を落ち着ける。
流れるようなその所作はドレスの裾のなびきまでもが美しい。
現れてから着座するまで広間にいた者はみな目をくぎ付けにされ、息をするのも忘れるほどだ。
そしてその美しい口元から蕩けるような音色が紡ぎ出され、みなようやく我に戻った。
「そちたちの任務は姫神を連れてくることであったよな。はて、わらわにはその姿が見えぬようだ」
「三人いた」
みなが固唾を飲んで見守る中、ホイシュレッケは臆することなく口を開いた。
「新世界の道標となりうる戦神姫神。そいつを拿捕するにはオレたちケンプファークラス三人がかりでも手を焼くと言ったよな?」
「ホイシュ、もう少し言い方……」
「うっせぇケーファ。曖昧な命令で無駄死にすんの、オレはごめんだっつってんだ」
広間に居合わせた者たちは冷や汗をかいている。
妖精女王に対してなんという無礼な物言いであろうか。
「三人……それはまた、はて、例外中の例外であるな」
周囲がホッと胸をなでおろした。
女王の声色に一切の怒気を感じなかったからだ。
「それで、お前たちはその三人と交戦したのかいな?」
「いいや、逃げ出したから追いかけた」
「あの娘ら、不可思議なアイテムを使いこなしていた。未知の戦力に深追いは禁物だと、追跡をいったん取りやめた」
「オレたちにはどいつが姫神か、もしくは全員そうなのか、わからなかったしな」
「だが手ぶらで戻ったわけではない」
あまり口を開かないリベレが最後にしゃべると女王の前に何かを置いた。
「娘のひとりが落としていったものだ。中に見たことのないアイテムが詰まっている」
「ほう」
女王の手招きで幾人かの衛兵が置かれた荷物の中身を取り出し並べ始めた。
「姫神は数百年に一度、異世界からたった七人だけ現れるレアな存在である。それがこの地だけで三人も現れるとは考えにくい」
「では女王は三人のうちひとりだけが姫神だとお考えか」
「自然に考えるならそうであろう。無関係な者までやってくるとはついぞ聞いたことないがの」
並んだアイテムを眺めてみる。
一同には未知のものばかりだが、遠い日本の現代人からすればありふれた物ばかりだ。
財布に化粧ポーチ、飲料水の入ったペットボトルにティッシュやお菓子。
イヤホンと充電器。
それにペンケースとノートに教科書が数冊。
「このポーチの中身は化粧品のようです。あまり質の良い物には思えませんが」
「この細いヒモ類はなんでしょう。絞殺紐のような暗器でしょうか」
「異世界の通貨。これは財布のようですね。他には……」
衛兵たちの見分を聞いていた女王は数冊の教科書に目を止めた。
「その本を見せておくれや」
衛兵に差し出された教科書を開いてみる。
「ティターニア様はその本が読めるのですか。オレたちにはさっぱりだったが」
「読めぬよ」
「は?」
「わらわにも読めぬよ。だが学ぶことはできよう。どうやらこの本は異世界の歴史について書かれておるようだ」
そう言ってティターニアは教科書を読みこみ始めた。
邪魔をしていいわけもなく、一同は所在無げに佇むほかない。
それを察したのか女王が新たな命令を発する。
「明日、姫神を迎えに行く。わらわに同行するため戦闘怪人ケンプファークラス全員、明日に備えよ」
「ケンプファー全員でッ」
「ティターニア様もおいでか?」
「楽しみじゃな」
謁見はそれまでとなった。
教科書を持って女王は退室し、三匹も宮殿を後にした。
「リベレ。お前の配下を使って娘らの居場所を探しておけよ」
「そうだな。ティターニア様にこのアーカム中を歩き回らせるわけにはいかんからな」
「承知」
「しっかし、姫神ねえ……そんなもん捕まえて、どうするつもりなんかねえ」
「このアーカムの魔境一帯だけでは不服なのであろう。北のエスメラルダはともかく、そのさらに北方のハイランドは豊かな土地と聞く」
「戦争する気か。三十年前の亜人戦争はこのアーカムはほとんど噛んでないからな。戦争してえんかな」
「オレたちはそのためにいる」
「そうだな……ん~、ついに戦争が始まるかぁ」
ホイシュレッケはコキコキと首を鳴らし、疲れた体を寝床へ向かい歩き出した。
娘たちの追跡よりも女王への謁見の方がはるかに疲労感を覚えていた。






