長浜サチと田宮ユカ、柘植メグミの三人は同じ中学で出会い、そして同じ高校に通う親友同士である。

中学では陸上部だったサチは高校に上がると部活を止め、放課後はもっぱらバイトに明け暮れるようになった。
明るく長めのストレートヘアーに白い肌、パッチリとした目元は最近こだわるようになったアイメイクのおかげ。
お察しの通り、彼女はクラスでも少々ヤンチャな部類の生徒であった。
対照的なのがユカ。
黒髪ショートに眼鏡をかけた、絵に描いたような文学少女で、趣味も当然読書ときた。
だが一見おとなしそうな彼女も実は負けん気が強く、筋の通らない話や理不尽な話には真っ向から対立するのも厭わない。
それでいて常に周囲に気を配れるものだから人望も厚かったりするのである。
メグミはそんな二人に庇護されるタイプ。
可愛らしさが先に立ち、少し天然気味な受け答えや仕草から、自然とみんなに甘やかされてしまう。
小柄で少しウェーブのかかった柔らかい髪と、実は三人の中で最も巨乳というアンバランスが目を引く逸材である。
運動も学力も平均より劣るのだが、それがかえって男子生徒に人気がある、という事実に本人は全く気が付いていないのが勿体ない。
そんな一見共通点のなさげな三人が案外馬が合うらしく、気づくと一緒に行動するのが常日頃というわけであった。
そしてその日の放課後も、三人は並んで夕暮れの街を歩いていた。
それはいつもと変わらぬ光景。
「バイト先にさぁ、超うざい常連がいてさぁ……」
「常連は金になるんだから、少しぐらいうざくても我慢したらいいでしょう」
「別に店が儲かったってさぁ、あたしのバイト代が上がるわけじゃないしさぁ」
「あ~メグ欲しい服あるんだけどぉ、お金なくて買えないのぉ。どうしたらいい?」
「働け」
「あ~あれは? 稼げる副業のお誘いとかよく来るんだけど?」
「そういうのは止めとき。それにどうせメグは女子校生だけで手一杯だよ」
「ぶぅ」
何年かしたら確実に忘れてしまいそうな放課後のひととき。
それも毎日を彩る確かな景色としてどこかに綴られる。
それが変わらず続くことを「幸せ」だと言う人もいる。
そんな「幸せ」をいつまでも享受できる人間が、この世界には一体どれほどいるというのか。
「うわっ! 降ってきたッ」
突然の土砂降りの雨に三人は悲鳴を上げながら駆け出した。
空は暗くなり、雨と風が強さを増す。
あっという間にびしょ濡れになった三人を激しく打ちつける雨粒が、まるでカーテンのように視界を閉ざして孤立した気分になる。
光った、と思った瞬間にゴロゴロと空が重低音を奏でた。
味わったことのない規模のゲリラ雷雨だ。
サチは雨宿りできる場所を探すが信じられないほどに視界が悪い。
数メートル先もまるで見えないのだ。
サチは打ちつける大粒の雨がまるで散弾銃で撃たれているみたいだと思った。
もちろんそんな経験はないけれど。
しかし雨はなおも強く、もはや目も開けていられない。
「ユカァ! メグッ」
そばにいるはずの二人に呼びかけるも雨音で自分の声までかき消されて聴こえやしない。
パッパーッ!
突然すぐそばをクラクションを鳴らした自動車が走り抜けた。
車道に飛び出したつもりはないから、きっとあのドライバーも視界が悪くて混乱しているのだろうと思った。
それだけ激しい雨のカーテンは自分の居場所もつかめないほどだった。
下手に動き回ることもできず、サチはその場に立ち尽くし二人の名前を叫び続けた。
突然背後から肩をつかまれ思わず跳び上がってしまう。
「ぎゃっ」
「サチ! 私よ」
振り向いた先に誰かいた。
十数センチほどまで顔を近づけてようやくユカだとわかった。
「ユカ! メグは?」
「ここにいる! 手を繋いでるわ」
サチも手を伸ばすとメグの空いた手を握りしめた。
三人はお互いの手を握り合い立ち尽くす。
「なんなのこの雨? なんかおかしくない?」
「こんな豪雨、すぐにやむと思うけどッ」
「ひ~ん、パンツの中までグショグショだよぉ」
「とにかく屋根のあるところ行こぉ」
三人はおそらく車道ではない方向へとにじり寄った。
ズギャァガッガガァァァン!
「きゃあっ」
「うわぁ」
「ひぃー」
とんでもない音が間近で轟き跳びあがるほど驚いた。
近くに雷が落ちたんだと思う。
恐怖で身をすくめてしまうほどの轟音だった。
三人ともしばらくうずくまり、強く目を閉じていた。
そのうち身体にかかる雨の気配がしなくなり、そしてゆっくりと目を開いてみた。
落雷の轟音も、激しい雨の落ちる音も、行き交う自動車や通行人のざわめきも、何も聞こえてこなかった。
とてもとても静かだった。
そう、雨は降っていなかった。
「やんだ、の?」
空は雲ひとつなく晴れ渡り、見渡す限り大地は赤茶けた土が断崖を、渓谷を形作っている。
視界はどこまでも広く、遠く地平線の彼方で赤い土と青い空が横一文字に平行線をたどっていた。
そこは荒野だった。
「どこ……ここ……」
サチはどこまでも続く荒野にいた。
赤土が高く盛り上がった崖の上に立っていた。
一陣の乾いた風が吹き付ける。
濡れた制服のブラウスが素肌に引っ付き体温を奪っていた。
スカートが風で捲れたが気にすることもない。
だって見渡す限り人っこひとりいないのだから。
「ユカ! メグッ」
ハッとして周囲を見渡す。
サチはホッとした。
自分と同じように、呆けた顔をしたユカとメグがそこに立っていたからだ。
三人は顔を見合わせた。
だが誰も言葉が出てこない。
たっぷり五分は経っただろうか。
ようやくのことでユカがつぶやいた。
「ここ、グランドキャニオン?」
アメリカはアリゾナ州にある雄大な渓谷として有名な国立公園のことであるが。
「それって外国でしょ? メグ、パスポート持ってないし違うと思うけど」
「いや、誰も飛行機に乗ってきたなんて言ってないから」
ユカが濡れたメガネのレンズを拭きながらツッこむ。
「じゃあさ、あの人たちに聞いてみようよ」
「え?」
サチが指さした先に人影があった。
そのいくつかの人影はゆっくりと三人に近づいてくるようだ。
「こっちに来てない?」
「うん」
「てゆーか、あの人たち、ちょっとおかしくない?」
「うん」
人影はみな違った形をしていた。
遠目であるためはっきりとはわからないが、例えばひとりは両手の肘から先が異様に細長い。
手指の先が地面に着きそうなほどで、サチにはなぜだかその腕が鎌のように見えた。
また別の人影は頭に長い角が生えているように見える。
うっすらと背中に羽根のようなものが見える者もいる。
そうこうするうちに近付いてきた人影たちの話す声が聴こえてきた。
「ほんとうだ。ほんとうにいた。ティターニア様の言うとおりだ」
「どれだ? どいつだ? ほんとにいるのかこの中に?」
「わからない。わからないない。聞いてみよう」
「そうだな。そうだなそうだな。おいお前たち」
三人は異様なその人影たちに不安を覚え始めていた。
今やその人影の姿がはっきりと見える位置にまで来ている。
その姿は明らかに普通の人間の姿ではない。
体の一部、あるいは大部分が「異形」であった。
「お前たち。質問するぞ」
「質問するぜ」
「正直に答えろ」
「正直にな」
人影が何か言葉を発していることはわかる。
だが三人には状況が皆目わからない。
そんな様子を気にせずに、異形の人影はサチたちに質問を浴びせた。
「お前たち、どれなんだ? どいつがいったい姫神だ?」






