【第85話】取れないマスク

 エルフの女王ト=モを乗せたオートレントが停車したのは、エルフの里から西へ数キロ離れた地点だった。
 そこで待ち構えていたひとりのエルフが女王の到着にうやうやしく頭を垂れる。

「ユ=メ! 報告せい」
「ハッ。予定通り、我らエルフの民はマルーフ砦に撤退完了いたしました。損害も実に軽微です」
「本気で銀姫とやりあうつもりなど毛頭なかったからな」

 地面に降り立つと女王は苦々しげにそう吐き捨てた。

「乞われてサキュラの司教をさらてみたら、よもや銀姫が懇意にしていた人物だったとは……ライシカめ」
「では、奴らとの契約は」
「いいや、うまく義理は果たした。今暫らくはこちらも利用させてもらうとしようぞ。ナ=シはおるか?」
「ここに」

 脇の生い茂る木々の暗闇からまたひとり、別のエルフ族が現れた。

「引き続きライシカとの連絡役を頼むぞ。同時にエスメラルダの情勢も伝えよ」
「ハッ」
「ユ=メ、砦の指揮は任せる。そうじゃな、ライシカへの腹いせもある。エスメラルダでのかどわかしを今の倍に増やせ」
「倍に? 承知しました」

 再びオートレントに乗り込む女王にユ=メが目的地を尋ねると、

「マラガへ行く。最近ちと売り上げが悪いようなのでな。それに、待ち合わせてもいる」
「待ち合わせ?」
「ふむ」

 女王が里のある方を振り向いた。

「思わぬ拾いものだからな。サキュラの聖女を捨ててでも余りある。まあ、そのうち辿り着けるであろう」

 いささか心配げにも見える表情のまま、女王はその場を後にした。

「保険も掛けてあることだしの」

 最後の言葉の意味はユ=メにはわからなかった。

 ◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆

 森の一角に朽ち果てた巨木があった。
 三階建てのビル程度の高さはある。
 幹の太さも平気で都内のワンルーム程度はあった。
 なんとも立派な大樹に見えたが葉はすべて枯れ落ち、大きな幹の内部もスカスカの空洞だった。
 完全に枯れ果てていたのだ。
 内部から見上げれば、幹の空いた隙間から陽光がまぶしく差し込んでいる。
 そのおかげか、内部は地面に色とりどりの草花が生い茂っていた。
 そこに巨大なクリスタルの結晶が安置された。
 透明のその結晶の内部には、静かに目を閉じる聖女ハナイの姿があった。
 その前で女がひとりうずくまっていた。
 小柄な体に明るい茶髪のポニーテール。
 黒いライダースジャケットに黒いショートブーツ。
 薄いグレーのワンピースを着たその女はマユミであった。
 姫神としての姿から、本来のマユミへと戻っている。
 手元には金属製の一本鞭が転がっていた。
 マユミはうずくまり、顔をかきむしってた。

「とれない、とれない」

 声に焦りの色が見えた。
 正面に据えた巨大なクリスタルに両手をつき、その表面に鏡のように映し出された自分の顔を見て色を失くす。。
 目の周囲から鼻筋にかけて、まるでコウモリが羽を広げたような形のマスクが張り付いている。
 目の部分に空いた穴から視界は良好だが、肌に張り付いたかのように、マスクがどうやっても剥がせずにいた。

「なんなの? なんなのこれ?」

 マスクには紐もベルトもファスナーもない。
 頭頂部や後頭部にベルトが通っているわけでもない。
 目元を隠しているだけで、肌に食い込んでいるわけでもない。
 ただ顔に貼り付いて取れないのだ。
 幸い痛みは感じなかった。

「やっぱり、あの人の言った通り」

 マユミの脳裏にエルフの女王の顔が思い浮かぶ。
 このマスクを付けられた直後、変身する前に確かに言われた。

『そのマスクはわらわしか外せぬ。会いに来るがいい。マラガという町で待っておる』

「どぉこなのよぉ、それぇッッッ」

 森の中にマユミの悲痛な声が上がった。

※この作品は小説投稿サイト「小説家になろう」にて掲載、鋭意連載中です。

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