また爆発が起きた。
轟音と爆炎が響き渡る。
エメラルドの宝石商として財を築き上げたヒガ・エンジの屋敷はすでに瓦礫と化していた。
盗賊ギルドの襲撃、薬で凶暴性を増幅された豚鬼族どもによる破壊行為、それに抗った雇いの警備兵たち、そして姫神。
アユミの放った炎の球体が、また一匹のオークを焼き尽くした。
アユミの周囲には燃え上がるオークの死体と、すでに煤と化して煙が燻っているオークの死体が積み上げられていた。
「化け物め」
アマンにやられた左胸の傷を抑えながら、盗賊ギルドの最後の幹部、トカゲ族のコモドは歯ぎしりした。
目の前で猛威を振るうアユミに次々とオークをけしかけるのだが、傷つけるどころか体力の消耗すら与えられていない。
最後のオークが焼き尽くされたとき、アユミの怒りに燃える瞳がコモドをまっすぐ睨みつけてきた。
アユミの姿は変貌していた。
二つの瞳は白く光り、口は大きく裂け、鋭い牙の歯列が覗く。
腕の外側には赤く細かいウロコが並び、指は長く、爪は鋭かった。
脚も同様で、尻には細く長い、鋭利な蛇腹状の尻尾が生えている。
肩から肩甲骨にかけてはコウモリのような羽を生やし、髪は炎の如く赤く燃えていた。
肩と腕と脚は赤いウロコに覆われているが、それ以外の部分は革で覆われたかのように、赤い光沢を放つ引き締まったボディ。
そして右手には赤く透き通る鋭い刃の斧、深紅の一撃クリムゾン・スマッシュが輝いていた。
膝を曲げて前傾姿勢を取り、今にも飛び掛からんと牙を鳴らして威嚇するその様は、もはやニンゲンというより猛獣、獲物を見る瞳は獰猛な猛禽類を思わせた。
「いや、その姿はまさに……」
コモドの声はかすれて消える。
コモドが言いかけたのは、アユミはニンゲンというよりもトカゲ族の上位種、まさしくドラゴンに近しい存在に見えるのだ。
ゆっくりとした動作でアユミがコモドに迫る。
コモドは身構えることもなく、ジッとしてその場を動かない。
いや、動けないのだ。
「へっ、ニンゲンの小娘にやられるならともかく、ドラゴンにやられるってんならよ……受け入れざるを得ねえな」
それは戦闘種族であるトカゲ族の本能からくる諦念だった。
爬虫類系最強にして生物界の頂点に君臨するドラゴンが相手では致し方ない。
コモドはその場にドカッと座り込み、覚悟を決めた。
「力こそ全て。それがトカゲ族の理だ。殺れ」
目の前に立つアユミが赤い斧を振り上げる。
見開いた眼でアユミを見上げていたコモドであったが、そのアユミに突如、黒いほとばしりが襲い掛かった。
それは闇の波動とでも言ようか。
黒い、衝撃波のようなものがアユミに襲い掛かり、コモドの面前からアユミは大きく後方へと弾き飛ばされた。
「ギッ!」
怒りに満ちた瞳で顔を上げたアユミと、同じく驚きで目を見張ったコモドの前に、二人の美女が立っていた。
周囲は燃え盛る炎の壁と瓦礫の山。
ヒガ・エンジの屋敷の一角、広大な庭の中心に、長い金髪と黒革のコスチュームをまとった魔女オーヤと、その隣に黒く禍々しいオーラを放つ剣を持たされた、白い肌に黒い髪、黒いスーツ姿のなんとも弱々しい女、黒姫こと深谷レイだった。
オーヤがアユミの姿を見てほくそ笑む。
「ほら見て、レイ。あれがあなたと同じ姫神、紅姫よ」
レイはアユミを見て恐れおののいた。
姫神というからには自分やシオリと同じ、日本からこの世界に迷い込んだ人間であるはずだ。
しかしその姿はまるで猛獣、いや、化け物にしか見えなかった。
「紅姫はね、火竜の力を宿しているの。それは荒ぶる破壊の力。死と再生を司る黒姫とは対極に位置する姫神なのよ」
「ギギッ」
アユミが威嚇するように唸り声をあげた。
「あらあら、ちゃんと言葉を発することもできないようね。まるで知性を感じないわ。さあ、レイ」
トン、とオーヤはレイの背中を一押しし、レイをアユミの前面へと押し出した。
「軽くご挨拶しておやり」
「えっ」
魔女の言葉の意味が分からなかった。
エサを目の前にした野獣のごとくアユミがレイを睨みつける。
恐怖に駆られたレイは思わず腰が引けてしまう。
「駄目よ、レイ。戦いなさい。でないとこの先も生き残れないわ」
泣きそうな顔でオーヤを振り向いたレイだが、冷たい眼差しで見つめ返されるだけだった。
突如現れた乱入者に警戒していたアユミだったが、自分に向かってこないのを認めると改めて標的をコモドに定めた。
理性を失いかけていたが本能がコモドへの怒りを覚えているのだ。
「ギャゥッ!」
一声啼き、一足飛びにコモドへ襲い掛かった。
牙と爪でズタズタに引き裂くことしか考えていなかった。
その強烈な殺気に反応したのはレイの持った黒い剣だ。
「えっ!」
レイが驚いたのは自分が持たされていた黒剣デス・ブリンガーが勝手にその身を震わせ始めたためだ。
剣は腹の底に響く重低音と共に再び黒い波動を放つと衝撃波となってアユミにぶつかった。
黒剣はレイに制御できず、今まさにコモドの首を取ろうとしていたアユミを吹き飛ばし、まるで笑うかのように細かく揺れた。






