カタカタと笑うように小刻みに揺れる黒剣を必死に抑え込もうとするレイだったが、焦りと動揺、そして内に広がる言い知れぬ恐怖によってどうにも手に力がこもらない。
「そ、そんな! 私じゃないッ、私何もしてない!」
「その剣はわかっているのよ。戦わなければいけないということが。紅姫の殺気に反応し、あなたを守るために力を振るったの」
「剣が、私を守る?」
「さっきここへ来た時もそうだったでしょう。そしてその剣が紅姫に反応したのは今ので三度目」
「三度目?」
一度目は数ヶ月前。
カザロ村に襲来した暴走するアユミに安置されていた黒の剣が反応した事だった。
「剣は敵が誰だかわかっているのよ。戦いなさい。今度はあなた自身の意志で」
「わたし……そんな……」
レイの足は震えていた。
唇は真っ蒼になり、恐怖で吐き気さえ催す。
「た、たたかうだなんて……」
レイは恐れを抱きながら、今しがた吹き飛んだアユミの姿を目で探した。
アユミは庭の隅でうずくまり、何かを愛おしそうに抱きしめていた。
「あれは……」
レイは目を見開いた。
アユミが抱きしめているもの、それはボロボロに傷ついたカエル族の若者だった。
愛おしそうに、悲しそうに、アユミはアマンをいま一度強く抱きしめる。
「アマン……もう少し、待っててね。すぐに終わらせるから」
言葉すら忘れるほどに獣化していたアユミだったが、アマンの存在を確認することで瞳にも落ち着いた自我が戻りつつあった。
「ふぅん。あのカエルが紅姫にとっての精神安定剤なのね。けど死にかけてるわね」
「カエル……カエル!」
「ん?」
オーヤはレイの異常に気が付いた。
カエルを抱きしめる紅姫の姿に異様なほど熱い眼差しを向けている。
「カエル! カエルさん!」
「どうしたのレイ?」
ゴウッ! とレイの周囲に黒い波動が巻き起こった。
魔女ですらそのあまりの衝撃に思わず飛び退いてしまう。
「カエルさん! 私にも! カエルさん!」
レイの叫びが巻き起こる黒い風にかき消される。
暴風が炎を、瓦礫を、あらゆるものを吹き飛ばす。
「転身ヒメガミィィィィッッッ」
耳をつんざくような、悲鳴に近い叫び声を上げて、レイの姿が黒い風に包まれた。
一瞬ののち、レイは姫神黒姫こと深淵屍姫へと変貌していた。
闇よりも濃い黒のドレスを纏い、肌も瞳も死人のように白い。
頭部の頂には血のように真っ赤な茨の冠を戴き、そして身の回りには黒い靄が漂う。
黒剣デス・ブリンガーはその名のごとく、死をもたらすことを疑えぬほど禍々しきデザインに変貌していた。
「ッァアアアアァァァァァァッッッッッッ」
闇夜に向かい奇声を発するレイ。
その叫び声に事態を追い切れずにいたコモドはギョッとする。
心臓を鷲掴みにされた恐怖が身を固くした。
ピタっと叫び声がやんだ瞬間、レイは小首をかしげてアユミに目線を移した。
その動きは糸で吊られた人形のように生気が感じられない。
レイの異様な雰囲気にアユミはアマンを強く抱きかかえて身構えた。
レイが片手を前に差し出して小さな声でつぶやいた。
「ちょうだい」
「……なに?」
「私も、カエルさんが欲しいの」
「……」
アユミが一歩、レイから遠ざかる。
その動きでレイの表情に怒気が広がった。
「逃げるの? ダメッ! そのカエルさんは置いていって!」
突然剣を振りかざしてレイがアユミに飛び掛かった。






