【第103話】開戦を告げる剛腕

 街の灯が落ち、多くの人々が眠りにつく頃、にわかに風がうなり声を上げ始めた。
 海に面した自由都市マラガに強風が容赦なく吹き付けてくる。
 貧民街の粗末な建物は軋みを上げ、舞い散るゴミやほこりに街中が耐え忍んでいるようであった。

「なんともまあ強い風ですねえ」

 暗い夜道を上流街へと歩く変色竜カメレオン族のウサンバラが外套を強くかき抱いて悪態をつく。

「いいじゃねえか。より一層盛り上がるってもんだぜ」

 隣を歩くトカゲ族のコモドが大柄な体を揺すりながらニヤけてみせた。
 二人の後には黒装束の盗賊たちが付き従うように隊列をなしている。
 彼らは終始無言で一切の物音も立てなかった。

「この風では多少の喧騒もかき消されてしまうでしょうね」

 風は轟々と唸り、隣に立つ者の声すらも聞き取りにくくしていた。

「それではお前たち、お行きなさい」

 背後の者たちがウサンバラの命令を聞くと、サッとその場から方々へ走り去っていった。

「どこへやったんだ?」
「ターゲットであるエンジ家の屋敷周辺に居を構える者たちの元へです」
「そりゃあなんのためだ?」
「これから起こる騒動に首を突っ込むな、と釘を刺すためですよ」
「ほう、ではエンジ家の当主には誰からも救いの手が伸びねえってことか。けどよ、周りの奴らはそう素直に言うこと聞くのか?」
「この街で盗賊ギルドわれわれに逆らうとどうなるのか。彼らは間近で見学できますからねぇ」
「グフフ、そりゃあそうだな。確かに大人しくしてるだろうな」

 二人がエンジ家の屋敷に近付くと、先に異様な集団が待機していた。
 息を殺してうずくまるのはバニッシュと呼ばれる薬で異様な興奮状態に置かれている豚鬼族オークの集団と、さらに二人、盗賊ギルドの幹部がそこにいた。

「おっそいよ、ウサンバラ!」
「お待たせしました、ラパーマ。それにバーナード、あなたも参加なさるのですか?」

 そこにいたのは猫耳族ネコマタのラパーマと犬狼族ウルフマンの破戒僧、セントバーナードだった。

「長からのお達しでな」
「そうですか。まあこの軍勢に幹部が三人もそろっていれば問題ないでしょう」
「三人?」

 ラパーマが首をかしげる。

「ええ。私は作戦が始まり次第退散いたしますよ。これでもこの街の安寧を守る五商星の端くれでしてね。自ら襲撃に参加するのはいかがなものかと」
「なあんだ、つまんないの」
「一応表向きの立場というものもありますので」

 そう言うウサンバラの顔には残忍な笑みが広がっている。
 その時、夜空に光り輝く炎の瞬きが閃いたのを幹部全員が確認した。

「合図です。それでは皆さん、存分に暴れてください」

 そう言い残し、ウサンバラの姿が消えて見えなくなった。
 カメレオン族の特殊能力で体色を変化させ、周囲の景色に同化したのだ。
 まるであたかも姿が消えたかのような錯覚を覚える。

「けっ! 勝手なことばかり言いやがってよ」
「いっつも思うけど、あの体が消える能力うらやましいよね? 実に盗賊向きだよ」
「フン、オレは欲しいものは力づくで奪うんでな。別に要らねえよ」
「オレの関心ごとは斬り合いだ。こそこそとした透過能力になど興味はない」
「あ~そっ」

 ふくれっ面をしたラパーマを無視してコモドの前に立った。

「さあ、派手に暴れるとするか!」

 ブンブンと腕を振り回し、そして勢いをつけて壁に殴り掛かった。

※この作品は小説投稿サイト「小説家になろう」にて掲載、鋭意連載中です。

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